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2009年2月12日 (木)

大海にむかひて一人

     

     大海にむかひて一人

     七八日

     泣きなむとすと家を出でにき

<ルビ> 大海=だいかい。七八日=ななやうか。出で=いで。

<語意> 泣きなむとすと=(思いきり)泣いてやろうと思って。出でにき=出たのだった。 

テキストの3ページをめくると、4ページの右側にこの歌が出て来ます。ここから8首(つまり見開き2つ分)砂山関連の歌がつづきます。この歌では「家を出た」とうたい、8首目(7ページ左の歌)で「やっぱり家に帰ってきた」とうたいます。つまり2つの歌の間にはさまれた6首には、砂山に行っていたときの出来事や思いをうたったもの、という位置づけが与えられます。8首はドラマ仕立てになったわけです。

掲出歌は1908年(明41)6月23日の夜中、つまり24日の午前になって作った歌です。

啄木は24日午前0時頃から昼の11時頃まで、歌が湧きだして止まらなくなります。作っては書き作っては書き、明け方に散歩した時間以外、ひたすら作り続け113首も作ります。翌日25日も夜になると「頭がすつかり歌になつてゐる。何を見ても何を聞いても皆歌だ」(日記)という状態になり、26日の午前2時までに141首も作ります。合計254首! 

歌人石川啄木のビッグバンです。

啄木はこれ以後歌人としての自信を深め与謝野寛・晶子の文学結社・新詩社で歌人としても重きをなすようになります。

この08年(明41)の歌は空想的な、奇抜な、グロテスクな、あるいは浪漫的なものが多く、これもそうした1首ですから大袈裟です。「7日も8日も泣いてやろう」など、もちろん誇張です。ポイントは「家」に居たくない、「家」では泣くこともできない、人のいないところへ行って思いっきり泣きたい、と思った経験でしょう。

<評釈> 大海に向かって自分一人、七日も八日も思いっきり泣いてやろうと思って家を出たのだった。

読者としてこの歌を楽しむとき、「家」は自宅でも、寮でも、下宿でも、どこでもいいわけです。誰にもあり、誰もが経験したことのある感情ではないでしょうか。その感情を「大海に向かって」だの「七日も八日も」だのと誇張した表現を用いてうたっているので、ユーモラスな雰囲気が漂います。

ときには深刻でもある感情が、われわれの中に深刻化しないで生き生きと再現されるのは、啄木らしい誇張と明るさのせいです。ところでいつのどんな感情がこの歌から連想されますか?

明日は4ページ左の歌です。砂山での小ドラマの始まりです。

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