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2009年2月 9日 (月)

ブログ開設にあたって-近藤典彦

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わたくしは25年間にわたって石川啄木を研究してきました。

研究の成果は、『国家を撃つ者 石川啄木』(同時代社、1989年)、『石川啄木と明治の日本』(吉川弘文館、1994年)、『『一握の砂』の研究』(おうふう、2004年)などや、(編著)『石川啄木と幸徳秋水事件』(吉川弘文館、1996年)などにまとめました。

研究の過程で知った啄木のすばらしさ、魅力はつぎの本などで紹介してきました。

『啄木 六(ろく)の予言』(ネスコ/文春、1995年)、『啄木短歌に時代を読む』(吉川弘文館、2000年)、(共編著)『石川啄木入門』(思文閣出版、1992年)など。

しかし啄木をもっともっと多くの人に読んでもらいたい、と最近しきりに思います。

特に10代後半から40代までの人たち、とりわけ1700万人を超えるという非正規労働者の方々に、啄木の歌集『一握の砂』を読んでもらいたいと思います。

小林多喜二の『蟹工船』が働く人を使い捨てにする社会を告発し、その社会にあって闘うことを訴えた小説であるとすれば、『一握の砂』はそういう社会に生き、闘う人の心(胸のうち)を表現した歌集であるからです。

わたくし自身は『一握の砂』を中学校3年生の時初めて読みました。それ以来50数年の間に数100回は読みました。 汲めども尽きぬ魅力があるからです。一番読みたくなるのは落ち込んだときです。読むと力強くではなく、なんとなく慰められます。それから何だかジワーと生きる力が湧いてきます。 そういう歌集です。

わずか26歳で亡くなったのに どうしてそんな歌集を作れたのか。その訳の一端は朝日文庫版『一握の砂』の「解説」に書いておきました。 ものすごい密度の人生を生きたのです。その凝縮された人生を理会する天才と表現する天才とを合わせ持っていたのです。

現代の日本語の名人井上ひさしさんがこう言っています。

「啄木は、日本史の上で五指に入る、日本語の、言葉の使い手です」と。

この啄木の、最高傑作『一握の砂』を最初から順に1首ずつ読んで行きます。

テキストには石川啄木著・近藤典彦編『一握の砂』(朝日文庫、2008年)を用います。

このバージョンでなくては『一握の砂』の魅力の全貌は決して伝わらないからです。その訳はこのブログのサブタイトルに書いてあります。

では次回、冒頭の1首から始めます。

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