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2009年3月 2日 (月)

ひと塊の土に涎し

     ひと塊の土に涎し

     泣く母の肖顔つくりぬ

     かなしくもあるか

<ルビ> ひと塊=ひとくれ。涎=よだれ。肖顔=にがほ。

<評釈> ひとかたまりの土に唾を落として軟らかくし、泣く母の似顔を作った。母に申し訳ないとも思う。自分が不甲斐ないとも思う。またこんなことをしている自分をどうしようもなく情けないとも思う。

昔の日本ではしっとりと湿った「土」が至るところにあったように思います。そのひとかたまりに唾を垂らしたのです。「つばきし」としないで「よだれし」としたのは、「唾を吐く」という言い方には相手(ここでは母)を侮蔑する意味も含まれるからでしょう。

「かなしくもあるか」は「かなしくあるかな」とちがって、複雑な感情のうちの1つをあえて取り出すと、「かなし」という感情でもあるか、というニュアンス。52ページ左に

誰が見てもとりどころなき男来て/威張りて帰りぬ/かなしくもあるか

とありますが、この「かなしくもあるか」です。

親に心配をかけ申し訳ないとも、情けないとも、なんとかしなくてはとも、思うのだけれど、現状を抜け出せない自分。その自分を自分の他愛のない行為の中に見出したかなしさ。親を思い出させるものは、街頭、電車の中、テレビの場面、友人との会話、至るところにあります。すべては「泣く母の肖顔」にかわります。

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