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2009年3月18日 (水)

こころよく

     こころよく  

     我にはたらく仕事あれ

     それを仕遂げて死なむと思ふ

<ルビ> 仕遂げ=しとげ。 

<評釈>(うしろにまわして記します。)

この歌の解釈は解説の必要もないくらい簡単だと思っていました。ところが昨日1日、WBC対キューバ戦テレビ観戦後のうれしく眠い頭を使いましたが、埒が明かず(この原稿の9割方は3/16に書くも保存に失敗、18日韓国戦を前に書き直しです)。

まず「こころよく・・・・はたらく」の意味が分からなくなりました。この歌の初出は1910年(明43)3月28日の東京朝日新聞です。自分の勤めている職場の新聞に投稿したのが載ったわけです。

啄木はそのころ手紙でこんな事を書いています(大島経男宛、10年1月9日)。

現在私は朝日新聞社で校正をやつてをります、・・・・父も母も妻も子も今は皆私の許にまゐりました、私は私の全時間をあげて(殆んど)この一家の生活を先づ何よりも先にモット安易にするだけの金をとる為に働らいてゐます、その為には、社で出す二葉亭全集の校正もやつてゐます、田舎の新聞へ下らぬ通信も書きます、

ところで、啄木はこれらの仕事はきらいでなく、むしろ熱心にやっています。だいたい職場で仕事をしている男が、その職場の仕事がいやだ、ああ我に「こころよく・・・・はたらく仕事あれ」とうたい、その職場の新聞に投稿したとすれば、無礼なことです。

どう考えればいいのか? 「仕事」の2文字がカギです。

09年(明42)4月23日のローマ字日記にこんな記述があります(原文ローマ字)。

社では木村、前川の両老人が休んだので第一版の校了まで煙草ものめぬ忙しさ。・・・・予は帰って来て飯がすむとすぐとりかかって歌をつくり始めた。この間からの分と合わせて、十二時頃までかかって七十首にして、『莫復問七十首』と題して快く寝た。何に限らず一日暇なく仕事をした後の心持はたとうるものもなく楽しい。人生の真の深い意味はけだしここにあるのだろう!

歌の原稿は雑誌「スバル」5月号に載せるためのものです。この文中では、職場で校正するのも(つまり職業も)、下宿で歌を作ったり編集したりするのも「仕事」です。啄木にとっては「こころよく・・・・はたらく仕事」というのは「職業」でもよく、他の「なすべきこと」でもよいわけです。しかし今の校正の仕事も歌を作る仕事もかれにとっては天職ではない、というのでしょう。

<評釈> 私は家族と自分が生きるために毎日職場で働いているが、気持ちよくやり遂げるべき天職こそが欲しい。天職を得られたらそれを仕遂げて死のうと思う。

啄木が当時「天職」と考えていたのは文学ですが、分けても小説で成功したいという野心がありました。啄木がやり遂げた「天職」は『石川啄木全集』全8巻になって残っていますが、彼が命と引き替えに残した作品こそ『一握の砂』でした(テキスト解説312~316ページ参照)。

この歌の最初の3句(五七五)はこれだけが独立しても現代のわれわれの共感を呼びます。啄木の言う「仕事」=天職とまでは言わない、一生を託するに足る安定した仕事=職業がほしい! これは21世紀日本のおそるべき「貧困」につき落とされた、特に1800万非正規労働者の心底からの叫びではないでしょうか。 

この歌はくったくたの夜勤帰りの歌(前回)の続きになっていて、職場でふっと湧いた感懐をうたったものと見なされます。次回の見開き3首目は、勤め帰りの歌です。

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