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2009年3月 1日 (日)

目さまして猶起き出でぬ児の癖は

     

     目さまして猶起き出でぬ児の癖は

     かなしき癖ぞ

     母よ咎むな

<ルビ> 出でぬ=いでぬ。児=こ。咎む=とがむ。

<評釈> 目をさましていながら、布団の中でぐずぐずしている息子の癖は、ぼく自身どうにもならない癖なんだから、母さんあんまりとがめないで。

「死ぬことをやめて」家に帰って来た(7ページ)、そしてページをめくると、家での日常生活が始まるという趣向です。8、9ページの見開き4首は母の歌です。

「母」は名前をカツといいます。江戸時代の弘化4年(1847年)生まれ。啄木を生んだときはすでに満39歳に近く、高齢出産。初めての男の子で、病弱で、可愛い顔をしていて、とびぬけて頭のいい一人息子をカツは生涯溺愛します。

この歌が出来たのは1910年(明43)3月20日前後のことと思われます。啄木調と呼ばれることになる啄木の独創的な短歌はまさにこの3月に誕生しました。

啄木は当時サラリーマンで東京朝日新聞社の編集局にいて校正係をやっていました。校正係の仕事は昼の12時からから夕方6時ころまで(その外に夜勤もあり)。

この頃の啄木は勤めを第1とし、文学の仕事はその下に位置づけて家に帰ってからやっていました。盛岡中学4年の時文学にのめり込んで以来、啄木の生活パターンは典型的な夜型となります。明け方まで読んだり書いたりするのはざらだったようです。

「一(はじめ-啄木の名前)はどうしてこう寝起きが悪いんだろう」と小言を言っている母カツはこの時満63歳。「人生五十年」と言われた当時にあっては完全なお婆さんです。

息子は満24歳。当時にあっては完全に一人前の男です。しかも家には父一禎、妻節子、娘京子がいます。

啄木は事実上の家長ですが、家事をしきっているのは妻節子ではなくて、母カツのようです。この家庭の複雑な人間関係、母カツと息子啄木の現在では考えられないような深い関係もうかがわれる歌です。

「かなし」は岩波古語辞典の解説文に「自分の力ではとても及ばないと感じる切なさをいう語」とありますが、啄木の「かなし」は常にこの基本的な意味をふまえています。「悲しい」という字の当てはまらない例が多いです。掲出歌の「かなしき」も「どうしようもなく切ない」といった意味でしょう。  

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