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2009年5月17日 (日)

かなしきは(飽くなき)  その2

     かなしきは

     飽くなき利己の一念を

     持てあましたる男にありけり

実は「利己」の解釈の基本は小著『『一握の砂』の研究』(おうふう、2004年)第3章でできあがっていたのですが、より整合的に解釈しておくべき点が出て来て、そのためにまた丸2日かかりました。

この解釈のためには、1910年(明43)5月に書いたとみられる評論「硝子窓」、啄木の最後で最高の小説「我等の一団と彼」(主要部分の執筆は同年6月。未完)、1909年10月~10年2月までの諸評論、同時期の書簡等を読み直す必要がありました。またテキスト26ページ左の歌「こころよく/人を讃めてみたくなりにけり/利己の心に倦めるさびしさ」の「利己」との異同も考える必要がありました。

以下に論証は省き結論を記します。

啄木は「スバル」という雑誌の創刊時から発行名義人でしたが、その09年(明42)7号が発禁になります。森鴎外の「ヰタ・セクスアリス」を載せたためです。発行名義人は国家の強圧を相当体感させられたと思われます。はたして11月下旬「自己の徹底」(自分の可能性を発展させて行くこと)はゆくゆくは「国家の存在と牴触する事」になるのではないか、との疑問をいだきます(「きれぎれに心に浮んだ感じと回想」)。

明けて10年の1月後半か2月前半にクロポトキン著・幸徳秋水訳『麵麭(パン)の略取』を読みます。クロポトキンは「国家」とは「権力」である、われわれはこれと闘わねばならない、と説いています。これが啄木にずんと響きます。そしてかれの中に日本「国家」への「疑惑乃至反抗」の念が頭をもたげてしまいます(「性急(せっかち)な思想」)。

それからの啄木は深い悩みに陥ります。

「神聖ニシテ侵スへカラス」とされる天皇一人が主権者の大日本帝国。これに「反抗」することは、逮捕・投獄はおろか死さえも覚悟しなくてはなりません。怖いと思います。老父母・妻子のこと等々もあります。でもそこで自分(と家族等)を守るために逃げ出すのであればそれは「利己」だ、と悩んだのです。

その悩みを「硝子窓」と「我等の一団と彼」に書きます。「硝子窓」から引いておきましょう。文中の「其の時」は悩みの自分の「利己」を自覚する時、を指します。

自分といふ一生物の、限りなき醜さと限りなき愍然(あはれ)さを心ゆく許り嘲つてみるのは其の時だ。

「かなしきは」の意味もこういう文脈から酌み取るしかありません。悩んで悩んで悩んで、それでも「利己」から抜けられなくて、「ああ、ほんとにどうしようもない!」という嘆き、それが「かなしきは」です。

一首は結局「悩む心」の歌、です。

1910年(明43)6月初め、幸徳秋水らの明治天皇暗殺計画(すなわち大逆事件)発覚の報に啄木は強烈な衝撃を受けます。啄木はかれらの思想的背景を研究し、マルクス系社会主義者へそして国家と対決する文学者・思想家へと飛躍します。

以後、評論「所謂今度の事」「時代閉塞の現状」そして歌集『一握の砂』等々の傑作が次々と生み出されて行きます。

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