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2009年5月22日 (金)

百年の長き眠りの覚めしごと

     

     百年の長き眠りの覚めしごと

     呿呻してまし

     思ふことなしに

<ルビ> 百年=ももとせ。呿呻=あくび。

<語意> まし=~たらよいのに。

<解釈> 百年間も眠り続けた人があって、目が覚めたなら、先ずするであろうような無心の大あくびをしていられたらいいのになあ、煩わしいことをみんな忘れて。

作歌は1908年(明41)8月8日。当時の啄木はすでに煩わしいことだらけでした。翌年4月にはじまるローマ字日記の時期の悩みと基本的には同じ悩みにすでにはまっていました。

同年4月末に上京した啄木の心づもりでは、さっそく小説を書き始め、2、3ヶ月のうちに幾編かの小説を書き上げて出版社に売り、その金で生活しつつ老母妻子を東京に迎える、というものでした。捕らぬ狸の腹算用とはこのこと。

まず、書いた小説は売れません。したがって金は入りません。7月下旬には下宿(赤心館)から「追放令(下宿追い出しの言い渡し-啄木の言葉)」が出ます。老母妻子を呼び寄せるどころではありません。自分が生きていけなくなる瀬戸際に来ています。

小説は書いても売れないので、そのうち書けなくなります。で、前にも書いたように「ああ、死なうか、田舎にかくれようか、はたまたモツト苦闘をつづけようか」と悩みます。

こうした悩みからの束の間の解放を願う心を、「百年の長き眠りから覚め」た人の欠伸という奇抜な空想によって表現したものです。

ああ、自分もそんな欠伸をしてみたい、と思いませんか。

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