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2009年5月 1日 (金)

いつも逢ふ電車の中の小男の

     いつも逢ふ電車の中の小男の

     稜ある眼

     このごろ気になる

<ルビ> 稜=かど。  眼=まなこ。

<語意> 稜ある眼=とげとげしい目つき。

<解釈> 電車の中でいつもあう身体の小さい男のとげとげしい目つきが、この頃どうも気になる。

「このごろ気になる」という心をうたった歌です。

「このごろ気になる」は誰にでもある心。身の回りをふと見渡すと、あるわあるわ。通勤電車で携帯に向かい夢中でキーを押す人たち。麻生太郎はいつ衆議院を解散するのか。小沢一郎はいつ辞任するのか。豚インフルエンザは日本にも上陸するのか。地球温暖化のせいか気温がおかしいぞ。近所の親しいお年寄りこのごろ外に出ないがどうしてる?

こうしてまわりは「気になる」ことだらけ。「このごろ気になる」心は一人一人がたくさん持っていますが、この心を歌にするなんて奇想天外。啄木の発明と思われます。

啄木は・・・・人間の基本的で大事な心の動きをきちっといい言葉で歌にしている。そして、その歌が日本人の心の索引になっている。

これは井上ひさしさんの言葉ですが、これがまたみごとな啄木短歌論です。われわれは啄木のこの歌によってはじめて、種々の「このごろ気になる」心が自分の中にあることを意識します。つまり啄木短歌はわれわれの「心の索引」になっているのです。

井上さんはこの歌を索引にして、つぎのような思い出を引き出しています。

それは、東京オリンピックの年でした。市川市に住んでいて、駅に向かって歩いていてふと立ち止まって見ると一人の男がついて来ている。電車に乗ると、やっぱりその男がいる。当時、私はNHKで「吉里吉里独立す」という三十分のラジオドラマを書きました。・・・・わたしは、どうもそのころから右翼の標的になったようです。ある喫茶店に「出頭されたし」という呼び出しの手紙がきて行くと、徹底的に弾劾されました。そこで「わたしは天皇制に疑問を持っていますけれども、天皇の名前を『ジンム、スイゼイ・・・・』と全部言えます。では、あなたがたは、言えますか」と言いました。

こうして井上さんは右翼さんを煙に捲いたのだそうです。

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