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2009年5月10日 (日)

やはらかに積れる雪に

     やはらかに積れる雪に

     熱てる頬を埋むるごとき

     恋してみたし

<ルビ> 熱てる=ほてる。頬=ほ。

<解釈> ふわっと積もった真っ白な雪に、赤くほてった頬を埋めて冷やしたくなるような、そんな恋をしてみたい。

雪の白、頬の赤らみという色の対照。雪の冷たさ、火照る頬という温度の対照。24文字のうちにこれだけ美しいコントラストがこめられています。

すべては「恋」の1字に流れ込みます。

そしてそのような「恋」をしてみたい、と。

この歌、誰よりも若い人の気持ちにぴったりの歌である事は確かですが、実はほぼ全年齢の人に共通する気持ちの歌でもあります。

20数年ほど前、ある硬派のマルクス主義者からもらった手紙に、この歌が引かれ、つづいてこう書いてありました。「兄(私のことです)もこんな気持ちになりませんか?」と。

その思想家は当時60歳をこえていました。50歳に近かった私ですが、「ほんとだ!」と共鳴したことをはっきりと覚えています。

「結婚は人生の墓場」とは思いませんが、「結婚は恋の墓場」であることは真理です。恋愛は私的・1回的・冒険的・情熱的ですが、結婚すればそれらは制度的・恒常的・安定的・平熱的に変化します。つまり恋は死にます。(くわしくは橋本峰雄『性の神』〈淡交社、1976〉Ⅱ章四「恋愛と結婚」参照)

綾小路きみまろさんの「あれから40年!」に笑い転げる中高年のみなさんは、男女を問わずこの法則を身に沁みてお感じのはずです。

人間動物はこの法則をのがれることはできません。だから結婚前でも結婚後でも生命力の旺盛な人ほど年齢を問わず「恋してみたし」となってしまいます。

したがって、このロマンチックな歌は、ほとんど哲学的な歌でもあるのです。

「行くところがない」「人間関係の網からのがれたい」だから「下宿を出でてほっつき歩く」と3首同傾向の歌を続けた啄木は、そのマンネリ化を打破するために、ここに美しいイメ-ジの、ロマンチックな、哲学的な爆弾をしかけたのです。

さてページをめくるとどんな歌がしかけてあるか。

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