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2009年5月 5日 (火)

何となく汽車に乗りたく思ひしのみ

     何となく汽車に乗りたく思ひしのみ

     汽車を下りしに

     ゆくところなし

<ルビ> 何となく=なにとなく。

<解釈> 下宿は居心地が悪い。下宿を出て気晴らしでもしたいが、金も無い。だからいどころも無いし、行きどころも無い。そこで汽車に乗りたくなっただけのこと。とある駅で降りたけれど、当然そこでも行きところは無い。

この歌の初出(「スバル」1909年〈明42〉5月号)は以下のような戯れ歌でした。

何となく汽車に乗りたく思ひしのみそれゆゑ君をいざないしのみ

ところが『一握の砂』に入れる時に上のように改作し、意味がすっかり変わりました。改作時啄木はローマ字日記のつぎの部分を踏まえたと思われます。

「小説が書けない地獄」をのたうち回って約50日。1909年(明42)5月31日のローマ字日記です(今回は原文通りローマ字で表記してみます)。

   Misoka wa kita.

   Damatte Uchi ni mo orarenu no de ,Gozen ni dekakete Haori ―― tada ichi-mai no ―― wo Shichi ni irete 70 sen wo koshirae, Gogo, nan no Ate mo naku Ueno kara Tabata made Kisha ni notta.  Tada Kisha ni noritakatta no da.  Tabata de Hatake no naka no shiranu Michi wo urotsuite Tsuchi no ka wo akazu sutta.

   Kaette kite Yado e Moushiwake.

この下宿代を払わぬ詩人に対して下宿の主人も女中さん達も虐待気味の毎日です。今日は「晦日」、下宿代の催促はどれほどきびしくなるかを思うと、下宿にいられるはずがありません。金がないから遊びにも出られません。「ただ1枚の」羽織を「質に入れ」ます。70銭!昼飯を外食するとほとんど無くなるので、屈辱を忍んで、昼飯は下宿で食べ、「午後」70銭をたよりに外出します。金の算段をしに行く振りをしたのでしょう。夕方まで70銭で時間をつぶさなくてはなりません。

出かけた先が上野駅。上野駅からはふるさとに向かう鉄道が走っていました(上野-青森→東北本線)。上野駅のつぎが Tabata つまり田端駅です。ふるさと行き列車で一番安い汽車賃ですむのが田端駅(畑の中!)でした。

そこで歌(と日記)のようになった次第です。つまり、「行きどころのない」の心の歌です。

派遣切りにあって寮を追い出された人たちの2008年12月下旬を思います。

現代のプレカリアートは、闘わないと、「すべり台」の下しか「ゆくところなし」の情況に置かれているのではないでしょうか。

啄木はこの後、どんな物事からも目を背けない精神(直視する精神)を獲得することで、自己の窮境を脱出し、飛躍してゆきます。

    

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