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2009年5月 9日 (土)

何がなしに

     

     何がなしに

     さびしくなれば出てあるく男となりて

     三月にもなれり

<ルビ> 三月=みつき。

<語意> 何がなしに=何という訳もなく。

<解釈> 何という訳もなく、さびしくなると下宿を出て外をほっつき歩く男となって、もう3ヶ月にもなる。

この歌を作ったのは1910年(明43)10月。この時の啄木は超人的な仕事をしていた時期で(テキスト312、313、315ページ参照)、この歌のような啄木とは無縁です。

『一握の砂』編集時に22ページの2首(「何となく汽車に」と「空屋に入り」)に触発されて作ったものと推定されます。したがってローマ字日記(1909年4月7日から6月16日)の時期のかれをうたったものでしょう(この時期は厳密には2ヶ月と9日ですが、昔の数え方では「三月」になりえます)。

つまりこの歌は内容的には22ページ2首と同工異曲ということになります。

とすると、啄木は22ページ23ページの見開きに、ローマ字日記時代の精神的動向を3首続けて配置したことになります。若干のマンネリ感が生じるのをぬぐいきれません。

そこで4首目にあざやかな1首を配置します。

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