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2009年6月15日 (月)

非凡なる人のごとくにふるまへる

     非凡なる人のごとくにふるまへる

     後のさびしさは

     何にかたぐへむ

<ルビ> 後の=のちの。

<解釈> 国家とか何とか一切の現実を承認して、そしてその範囲において自分自身の内外の生活を一生懸命に改善しようと、ここ3か月間人々にえらそうに訴えてきたが、どうやらそれは空理空論であった。それに気が付いた今のこのさびしさは何にくらべられようか。

問題は「非凡なる人」の意味・内容です。啄木は中学4年生の4月から文学に耽溺、しだいに文学的天才を自覚してゆきます。そして天才つまり「非凡なる人」として振る舞います。その振る舞いは最初の詩集『あこがれ』を出した1905年(明38)に頂点に達し、その後渋民村で代用教員生活、北海道で新聞記者生活を経験する中でしだいに弱まって行きます。その振る舞いを支えていたのは天才意識・天才主義でした。

そして1909年(明42)4~6月のローマ字日記を経て、かれは天才意識を削ぎ落とし天才主義をきれいさっぱりと清算します。そして09年秋からは、自分の内面を含むこの世のあらゆる事有り様を直視する人になります。(テキスト309~310ページ参照。)

ところで掲出歌は1910年(明43)3月19日の東京朝日新聞初出で、「非凡なる人の如くにふるまへる昨日の我を笑ふ悲しみ」となっています。

啄木が1910年3月中旬の自分をうたっていることは明らかです。つまり「非凡なる人」が「天才」を指していないことは明らかなのです。

1909年秋~1010年2月の啄木はそれまでのロマンチックな自分を反省して大筋次のように考え行動します。

1、文学至上の考えは間違いである。2、自分は文学者である前に「人間」である。3、日本の現状は国家を含めてまず承認されるべきである。4、その上で自分の外の生活(家族を扶養すること、職場人、社会人としての活動等)内なる生活(文学上の仕事)を改善し統一しなくてはならない。5、それは別の言葉で言えば「自己の徹底」である。

啄木は長い間の地に足の着かない自分をこうして克服しようと、非常に昂揚して果敢に評論活動を展開します。たとえば

我々は我々の自己を徹底し、統一し、其処に我々の行くべき正当なる途を発見し来つて生活を改善せんが為に、先づ何よりも先に自己及び自己の生活を反省せなばならぬではないか。(「巻煙草」)

という風に。

しかし10年(明43)2月10日前後にクロポトキンの『麵麭(パン)の略取』を読んで「国家は権力である」「権力には反抗すべきである」と言う思想を学びます。それに家族のための生活は自分の文学者としての生活を奪うことを体感します。

上の3は崩れ、4と5は絵に描いた餅であった、ということになります。

「非凡なる人のごとくにふるま」ってきたのに、気が付いてみると空論にうつつを抜かしていた、ということになりました。「後のさびしさは何にかたくへむ」です。

予想通り非常にむずかしい歌でした。

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