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2009年6月20日 (土)

遠くより笛の音きこゆ

     遠くより笛の音きこゆ

     うなだれてある故やらむ

     なみだ流るる

<語意> 故やらむ=せいだろうか。

右のページの2首が、上役に対する気後れ、借金する切なさといういわば世俗に生きる心の姿をうたっているわけですし、31ページ左の歌も同様ですから、掲出歌も世俗とのある関係を示しているはずです。つまり28、29ページの見開きにおける「知らぬ家たたき起して」の歌と同様の位置を占めると考えられます。

とすると「笛の音」は祭りの笛の音でしょう。この歌は1909年(明42)4月の作(つまりローマ字日記時代の作)と推定されますが、そのころの啄木の居所は本郷区森川町1番地新坂359の蓋平館、その前は本郷区菊坂町82番地の赤心館です。祭りの笛や太鼓が聞こえてくる機会は少なくなかったと思われます。

笛の音はふるさとの祭りの記憶へと、少年の日の記憶へと誘うのでしょう。あの頃は上役もいなかった、借金なんてものは別世界のことだった。なんだって思い通りにならないことはなかった。天真爛漫でいられた。

少年の日の記憶と不如意の現在とが交錯し、涙がしたたり落ちたのでしょう。でもそれをあからさまにうたうのは、妻子ある男にはできないこと。だから項垂れていたせいだろうか、とぼかします。

見開きのここに位置づけられることによって、世俗に生きる男の現実が逆に浮き彫りされます。

<解釈> 遠くから笛の音が聞こえてくる。それはふるさとの祭りの記憶へと、天真爛漫だった少年の日の記憶へと、わたしを誘う。上役も知らない、借金の苦労もないあの日々よ。項垂れているせいだろうか、涙が流れ落ちる。

つぎの歌は「それもよしこれもよしとてある人の」です。どうつながって行くのでしょう。

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