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2009年6月 7日 (日)

へつらひを聞けば

     へつらひを聞けば

     腹立つわがこころ

     あまりに我を知るがかなしき

<ルビ> 腹立つ=はらだつ。

<語意> へつらひ=おべっか。

この歌に丸4日費やしました。胃の具合が悪くなりました。当面は未解決のままつぎの歌へ行きます。この歌がよく分からないため28・29ページの見開き4首は全体的にはっきりしません。

ひどくむずかしい歌です。<へつらいを聞くと腹が立つ>と作者は言いますが、へつらいがどんな内容か分からない上に、なぜ腹が立つのかその理由も書かれていません。3行目が理由になっているかと言うとそうではありません。<あまりに自分をわかっているのがかなしい>から<腹が立つ>と言うのなら、かなしかったらどうして腹が立つのか、とまた別の問いが生じてしまいます。

そこで「あまりに我を知る」ことを腹の立つ理由と考えてみました。そうすると次のような解釈が出て来ます。

<解釈> おべっかを聞くと腹が立つ私のこころ。――虚偽をまじえてまで、私を評価してくれなくていい、自分のことは自分がよくよく分かっているのだから、と腹を立てるのだ。――あまりに自分を分かるという自意識のあり方は悲しいことだ。

釈然としません。前の歌「この日頃」と後ろの歌「知らぬ家たたき起して」との関係も考慮すべきなのですが、それもこの歌の解釈が確立しないと不可能です。

作歌は1910年(明43)10月の前半です。この10月前後は啄木の文学上・思想上の(そして体調も病気以前で)絶頂期といえる時期です。この時期にどのような事情があって「あまりに我を知るがかなしき」とうたったのか?

ここまで書いて、もう丸4日間の悪戦を中断しようと思いました。そう思った時に未確認の資料があるのに気づきました。この年10月中旬に書いた啄木最初の歌論「一利己主義者と友人との対話」がそれです。

これを読み直したところなんとか解釈できそうな気がしました。続きを「その2」として次回載せるつもりです。(6月7日13:24)

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