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2009年6月16日 (火)

大いなる彼の身体が

     大いなる彼の身体が

     憎かりき

     その前にゆきて物を言ふ時

<ルビ> 身体=からだ。

<解釈> 主筆の前に行って物を言う時は、どうも気後れしてしまった。トップの主筆の前だから校正係の自分が気後れしたのではない。あの人の身体があまりに大きいせいだ。だからあの巨体が憎かった。

「その前にゆきて物を言」うとは、呼ばれてあるいはこちらから用ができて「彼」のデスクの前に行き、立って物を言う場面でしょう。

戦前最大の啄木研究者吉田孤羊が「彼」は東京朝日新聞の主筆(新聞・雑誌などの首位の記者)池辺三山であろうと言い、山本健吉もそれを受けていますがわたくしも賛成です。

池辺三山は「朝日の機構と人と紙面の近代化をはかり、こんにちの朝日新聞の基礎をつくった」(『朝日新聞社史 明治編』)と評価される大新聞人です。

啄木がこの歌を作ったのは10年(明43)3月中旬と思われますが、前年11月から二葉亭全集の校正を池辺主筆から命じられて行っています。また宮崎郁雨あての手紙(10年4月12日)ではこう書いています。

今度社で西村酔夢君が退社したので、二葉亭全集に関する一切の仕事が僕へ来た。・・・・池辺主筆が不思議に僕を信用してくれるんで誠に都合が好い。売捌方法の方針でも何でもずんずん僕の意見を採用してくれる。筆耕の人間を雇つたり何かするのまで一切僕まかせだ。

4月に入ると主筆が啄木をここまで認める関係になっています。

ところで池辺三山ですが巨漢でした。ある日池辺が本郷西方町にある漱石宅を訪れました。漱石は二階に案内します。

(玄関に)出て面接して見ると大変に偉大な男であつた。顔も大きい、手も大きい、肩も大きい、凡て大きいづくめであつた。余は彼の体格と、彼の坐つてゐる客間のきやしや一方の骨組とを比較して、少し誇張の嫌はあるが、大仏を待合に招じたと同様に不釣合な感を起した。・・・・話をしてゐるうちに、何ういふ訳だか、余は彼と西郷隆盛とを連想し始めた。(池辺君の史論に就て)

新聞づくりにおいてはトップの地位にある主筆の前に行って、編集局内最下位の校正係が物を言う時、どうしても気後れしたのでしょう。その気後れを啄木は相手の巨大な「身体」のせいにしたわけです。最近は真面目に働いていますが、昨年4月~6月はサボりにサボった校正係ですから、まだ負い目もあったことでしょう。

負け嫌いの啄木がどうも気後れする相手がいるというのは、いい気味だという気もします。しかし啄木もさる者あの人ではなくて「身体が憎」いとずらすわけです。

職場の上司の中にはたまにこちらが気後れするような人がいるものです。

これはそういう上司に対する気後れの歌です。

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