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2009年7月24日 (金)

しつとりと

     しつとりと

     水を吸ひたる海綿の

     重さに似たる心地おぼゆる

<語意> 海綿=海綿動物、特にモクヨクカイメンの骨格を乾燥したもの。無数の小穴があり、弾力性・吸水性が大きい。洗浄・化粧・医療用にまた文房具などとして用いられた。スポンジ。心地=心持。気持。気分。おぼゆる=心に感じる。

やっかいな歌です。「水を吸った海綿に似た心地」ではありません。「水を吸った海綿の重さに似た心地」です。一体どんな心地でしょう。

まず「重さに似た心地」ですから、「心地」も「重い心地」なのでしょう。「重い」と言ったって「しつとりと水を吸った海綿の重さ」程度です。

海綿は文房具としての使い方はわたくしの記憶では銀行や郵便局で行員や局員がお札を数えるとき、小さなガラス器に入った水を含んだ海綿で指先を湿らせていました。こうした使い方の海綿は重さを感じ取ることはできません。文房具用ではないでしょう。また啄木が化粧・医療用に海綿を使ったとも考えられません。銭湯で用いたのでしょう。つまり洗浄用です。

京都の海綿屋から取り寄せた洗浄用の海綿(=スポンジ)は底が掌の大きさ、高さも10㎝くらいで、ほっこりとした山形をしています。掌に乗せると軽くて重さを感じません。ポストスケールで量ってみると5グラム。

つぎに水をぽったりと含ませると、重さが掌に伝わります。秤にかけてみると120グラムもあります。啄木は「しつとりと・・・吸いたる」と言いますから、ちょっとしぼってから量ると90グラムでした。約20倍の重さになるわけです。しかしそれでも90グラムかそこらですから軽いのですが、でも水を吸ってない時とちがって重さが存在感を帯びています。

この歌の初出は1910年(明43)4月24日の東京毎日新聞。作歌はその少し前の4月20日前後でしょう。

<解釈その1> しっとりと水を吸ったスポンジの重さに似た、軽いのだけれどなんだか重さのある、そんな気分を感じることだ。

この歌を、37ページ左に置いたことで啄木は新しい意味を付与したと思われます。

<解釈その2> 人は空寝入り・生欠伸や勤め人生活や手紙といったごく日常的な事柄の奥に、より本質的な「我」を抱えているものだが、それを思うとしっとりと水を含んだ海綿の重さに似た、気分の重さをわたしは感じる。

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