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2009年7月21日 (火)

朝はやく

     朝はやく

     婚期を過ぎし妹の

     恋文めける文を読めりけり

<ルビ> 恋文=こひぶみ。

<語意> 恋文めける=いかにも恋文の感じがする。

作歌は1909年(明42)4月下旬。初出は「スバル」09年5月号の「莫復問七十首」で、「不覚にも婚期を過ぎし妹の恋文めける文に泣きたり」。 

作歌直前の09年4月18日の夜(「朝はやく」ではない)、啄木は妹光子の手紙を読み、泣きたくなった(「泣きたり」ではない)と、ローマ字日記に記しています。ともあれこの手紙が「恋文めける文」です。啄木はその手紙をかなりの分量引き写しています。たしかに「恋文めいて」います。

20世紀初めは女性の近代的な職業がまだほとんど無い時代でした。主なものは小学校教師、看護婦くらい。電話交換手、デパート店員の仕事が用意されつつありました。女性が生きてゆく(食べてゆく)一般的な道は結婚でした。小学教師、看護婦になるのはごく少数、働こうとすればあとは芸者か娼婦などになるしかありませんでした。

こういう時代に盛岡女学校中退の光子が社会に放り出され、自立して行くというのは至難のことでした。彼女は07年(明40)小樽のメソジスト教会で洗礼を受け、伝道婦になる道を探し当てます。啄木は「恋文めける文」を引き、感想を述べたあとにこう書いています。

妹はもう二十二だ。当り前ならば無論もう結婚して、可愛い子供でも抱いてるべき年だ。それを、妹は今までもいくたびか自活の方針をたてた。不幸にしてそれは失敗に終わった。・・・・最後に妹は神を求めた。否、おそらくは、神によって職業を求めた。・・・・来年は試験を受けて名古屋のミッション・スクールへ入り、「一生を神に捧げて」伝道婦になるという!

光子は当時満20歳8ヵ月。女性の本然として愛する男性が特に欲しいし結婚もしたい年頃です。その本然を抑えて彼女は「一生を神に捧げ」る道を選んでいます。しかし彼女も若い健康な女。抑えこんだ我が兄への手紙の中に「恋文めく」という姿で表出してしまいます。人の何倍も敏感な啄木はそれを感受します。

そして啄木は37ページ右にこの歌を配置した時、「我」を押し隠して生きるのは妹だけでなく自分も同じであるとの意味もこの歌に托します。いや妹や自分だけではなく人はみなそうなのだとの認識も托したでしょう。

<解釈> 朝はやく婚期を過ぎて数え年22にもなった妹から手紙を受け取った。妹は「一生を神に捧げて」伝道婦になるというが、兄のわたし宛の手紙なのにまるで恋文のような文章になっている。かわいそうに、妹の押し隠した「我」がこの手紙に表出しているのだ。妹だけではない。自分もそして人はみな、「我」を押し隠して生きている、そう思いながら手紙を読んでいたことであったよ。

これでここの見開き3首に流れるモチーフを酌み取ることができました。

つぎの1首「しつとりと」の歌はどう解釈すればよいのでしょう。海綿スポンジが京都の海綿屋から届いています。直径10㎝、重さ5㌘のスポンジです。これから水を「しつとりと」吸わせてみます。

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