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2009年9月29日 (火)

あたらしき背広など着て その2

     

     あたらしき背広など着て  その2

この歌を愛した萩原朔太郎は「旅上」という詩を作ります。

   ふらんすへ行きたしと思へども

   ふらんすはあまりに遠し  

   せめては新しき背広をきて

   きままなる旅にいでてみん。

   汽車が山道をゆくとき

   みづいろの窓によりかかりて

   われひとりうれしきことをおもはむ

   五月の朝のしののめ

   うら若草のもえいづる心まかせに。

「みづいろの窓」についてだけ解説しておきます。環境の美しかったころ、朝と夕方に空気が美しい「みづいろ」またはうす紫になることがあったものです。五月の朝のしののめ」汽車の外の空気は「みづいろ」なので車中の人にとって汽車の窓はどれも「みづいろ」の窓なのです。

「新しき背広」といういかにも近代的な歌材が白秋の歌の中に生まれるやそれが啄木の歌に飛躍し、そして朔太郎詩を生成する。ほぼ同年齢の若き詩人たちの興味深い内的影響ぶりです。

この詩について思い出があります。成城学園中学校に務めていた時のことです。たしか中2の国語教材にこの詩がありました。

ある国語の時間に、根岸なつきさんという生徒が後ろの方でにこにこして手を挙げました。「わたしこの詩暗誦してきちゃった」

「すごい、聞かせて」というとすらすらと暗誦してくれました。

みんなは感嘆の拍手。さっそくクラス全員が根岸さんにならってその場で暗誦してしまいました。啄木の歌も朔太郎の詩も暗唱・朗誦するに足る名作です。暗誦は苦手になっている方も、口ずさんでみませんか。

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