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2009年10月15日 (木)

尋常のおどけならむや

     尋常のおどけならむや

     ナイフ持ち死ぬまねをする

     その顔その顔

心ならずも1週間このブログを空けてしまいました。今週はせめて2日に1回の割で出したいと思います。

さて、掲出歌ですが、初出は「スバル」1909年(明42)5月号で「莫復問」のうちの1首です。

4月16日のローマ字日記がこの歌の解釈を容易にしてくれます。以下に梗概と内容の一部を記しましょう。

4月16日、前夜3時まで貸本屋から借りた江戸時代末期の春本「花の朧夜」を筆写していた。(この春本至るところにセックス描写があり、独身生活の若い男なら興奮も頂点に達することまちがいなし。)小説が書けない苦し紛れにこんなことをしているのだ。朝いやーな気分で目が覚めると枕元に手紙がおいてある。宮崎郁雨が母と節子と娘京子を連れて上京したい、と書いてある。啄木は「死にたくなる」。自分が下宿を追い出されそうなのに家族が3人も増えてはどうなることぞ! そして会社を休んで春本の続きを筆写する。夜金田一が励ましにきてくれる。さんざんふざけちらしてかれを部屋に帰す。そして

Soshite sugu Pen wo totta.30 pun sugita. Yo wa Yo ga tôtei Shôsetsu wo kakenu Koto wo mata Majime ni kangae neba naranakatta. Yo no Mirai ni Nan no Kibô no nai koto wo kangaeneba naranakata.

(啄木がローマ字日記の中で決して書かなかったのが、太字にした部分です。ローマ字日記の中でだだ一度、ただ一箇所書いたのがここです。「自分は結局小説が書けない!」啄木にとってこれを考えるほど恐ろしいことはありません。)

啄木はペンを捨てて金田一の部屋に行く。そしてあらん限りの馬鹿真似をする。挙げ句の果てに

soshite Saigo ni Yo wa Naifu wo toriagete Shibai no Hito-goroshi no Mane wo shita. Kindaichi kun wa Heya no soto ni nigedashita! Ah! Yo wa kitto sono toki aru osoroshii koto wo kangaete itatta ni Sôi nai!

Yo wa sono Heya no Dentô wo keshita, soshite To-bukuro no naka ni Naifu wo furiagete tatte ita! ――

Futari ga sara ni Yo no Heya de kao wo awashita toki wa, dotchi mo Ima no koto wo akirete ita. 

啄木が生涯で最大の狂気を発した時です。啄木はその事実をぐっとおとなしくして、上の歌にまとめたのです。

<解釈>あれは尋常なふざけ方だっただろうか、いやちがう。ナイフをふりあげて死ぬ(殺す)まねをした時の自分の顔、友の顔 。友はあんなに恐ろしがった。自分はそれほど恐ろしい顔をしていたのだ、小説が書けぬことを思いつめた果てに。

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