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2009年11月11日 (水)

ただひとり泣かまほしさに  その1

     ただひとり泣かまほしさに

     来て寝たる

     宿屋の夜具のこころよさかな

<語意>泣かまほしさに=泣きたいばかりに。夜具(やぐ)=夜、寝る時に使う用具。布団、まくらなどの総称。

前歌と同じく初出は「創作」1910年(明43)5月号の「手を眺めつつ」。作歌も同じく4月中下旬でしょう。

似たような歌がありました。すでに読んだ22ページ左の「空屋に入り」の歌です。これはローマ字日記の時期の作です(09年4月)。その頃自分にからみつくあらゆる人間関係からのがれたいとの思いがうたわれていました。

198ページ右にもあります。

  今夜こそ思ふ存分泣いてみむと/泊りし宿屋の/茶のぬるさかな

これは1908年(明41)1月厳寒の北海道旭川の旅館に泊まった時のことをうたっています。小樽で失業しさいはての駅の町釧路に落ちて行くときの落魄がかれを泣かせようとします。

さて、掲出歌は1910年(明43)4月の作。これに近い時期にまた「ただひとり泣」きたくなったりしたのだろうか。この時期の啄木にはほぼありえない、と思いました。しかし・・・・。

1910年(明43)3月13日付けの宮崎郁雨宛書簡にこうあるのを見つけました。

「生活それ自身がワナだ!」さう思ひ到つた時、僕は急にこの世から逃げ出したかつた、

と。この悩みについては26ページの歌「こころよく/人を讃めて」のブログで触れてあります(そちらを参照してください)。

「この世から逃げ出し」たくなっての「この世」とはこの場合、父母妻子4人を扶養しなくてはならない立場、を指しているでしょう。その立場を誠実に務めようとすれば、自分の文学(内部から突き上げてくる創作や思索の欲求)を押し殺して、来る日も来る日も職場に出勤するしかありません。職場を出て帰宅の途に着くと、6畳2間に4人の家族が待っています。しかもあまり和のない家庭です。帰りたくない。こうして、宿屋に逃げ込んだのかも知れません。

この歌については次回も書きます。

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