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2009年11月24日 (火)

新しきインクのにほひ

     

     新しきインクのにほひ

     栓抜けば

     餓ゑたる腹に沁むがかなしも

<ルビ>栓=せん。餓ゑたる=うゑたる。沁む=しむ。

<語意>栓=コルクか木の栓。餓ゑたる=前歌の「語意」欄参照。も=(詠嘆の係助詞)~ことだ。

作歌は1910年(明43)10月13日夜。初出「精神修養」10年12月号。

今のインクびんの蓋は内側がネジ式になっていますが、当時のインクびんの蓋はコルク栓か木栓であったといいます(今井泰子)。

初めて栓を抜いた時の「インクのにほひ」といっても100年前のにおいは分かりませんが、60年前のインクのにおいなら記憶があります。当時使われていたブルーブラックインクは鉄分を含んでいた(現在も?)せいか、鉄くささのまじった化学薬品風のにおいがしました。鉄くささというのは、口の中を切った時血のにおいがしますが、あれに似たにおいです。インクびんを最初に開けた時のにおいは特に刺激的で印象的でした

歌の内容が、この歌の作られた時期に近い経験であるならば、「餓ゑたる」といっても前歌のように深刻に餓えた状態ではなく、相当腹が減った状態といったところでしょう。1910年は前歌のように「食物がなくて空腹に苦しむ」という貧乏はしていません。たとえば夜中まで仕事をしている時に感じる空腹、といった状態が考えられます。もちろん東京朝日新聞に就職する以前の「食物がなくて空腹に苦しんでいる」状態ともとれます。

ここでは「新しきインク」も買えていることだし、作歌時に近い経験ととっておきます。

それなら啄木は立って行って食べ物を捜して食べればいいではないか、と思う人もあるでしょうか。当時の啄木一家の食生活だと、残りの食べ物といっても釜の底のおこげ位だったろうと思われます。夜中に、家族が寝ていて鍋釜がおいてある隣の6畳間に行きごそごそやって、おこげに塩でもつけて食べるといったことは、やりにくいことでしょう。がまんするしかない情況でしょう。

<解釈>インクがなくなったので新しいインクびんを取って栓を抜くと、鉄くさいようなインクの刺激臭が鼻につんときた。とたんにそれが空腹を刺激して飢餓感を誘発した。切ないことだ。

48ページは「餓ゑたる」切なさの歌からなっていました

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