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2009年11月13日 (金)

ただひとり泣かまほしさに  その2

     

     ただひとり泣かまほしさに  その2

この歌こそ軽く読むしかないだろう、先行文献にすぐれた解釈があるから、それを借りてお茶を濁そうと思って始めたのでしたが、そうは問屋が卸さない。

歌が作られた時期によって、似たモチーフのようでも内容が全く違ったり、同じ言葉でも含意が全く異なることがあります。探っているうちにご覧のように込み入った事情が歌の内部に見えてきました。訳して見ましょう。

<解釈>自分の時間のほとんどを家族扶養のために用いる自分と、文学に全力を傾注したい自分とを統一しようと、ここ3、4ヵ月がんばって見たが結局不可能だった。一家の主として生活するということは、文学者としての自分をワナにかけるようなものだ。ワナからのがれる道は無いか・・・・。無い。こう考えたら一人きりになって泣いてみたくなった。そこで家に帰らずに宿屋に泊まることにした。その宿の夜具のこころよかったこと!

今井泰子氏が言われたように、この歌の「主題は最後の一句にあり」ます。「ただひとり泣かまほしさに」の分析に力を注いできたのですが、作者がうたいたかったのは宿屋の夜具によって湧いてきた意外な「こころよさ」です。

また今井氏のようにとることで46、47ページの見開き4首もきれいに決まります。

「気になる心」の歌→「逃げ去る心」の歌→「入ってくる心」の歌→「湧いてきた心」の歌と配列されていることになります。

この歌を解釈しているうちにある重要な事情に気づきました。啄木短歌成立にかかわる事情です。

啄木には奇妙なメカニズムの働くときがあります。精神に重圧がかかると、歌が湧き出すというメカニズムです。行き詰まると歌に逃げ道を求める癖がある、と言いかえることもできます。かれ自身詩論「弓町より (四)」(1909年〈明42〉12月4日)でこう書いています。

恰度夫婦喧嘩をして妻に敗けた夫が、理由もなく子供を叱つたり虐めたりするやうな一種の快感を、私は勝手気儘に短歌といふ一つの詩形を虐使する事に発見した。

「『生活それ自身がワナだ!』さう思ひ到つた時、僕は急にこの世から逃げ出したかつた」と郁雨宛に書いたのは3月13日でした。つまりそのころ啄木はまた行き詰まっていたのです。啄木が東京毎日新聞に初めて新調の短歌を投稿したのは3月10日、東京朝日新聞に投稿したのは3月18日です。両新聞への短歌の投稿(短歌制作)は行き詰まりの産物でもあったということになります。

啄木調短歌の成立はこの3月から4月にかけて(発端は3月上旬、確立は4月下旬)のことですから、なぜこの時期に啄木調短歌が始まったのか、という問いに対する1つの答えが見つかったと言えます。

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