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2009年11月 8日 (日)

おほどかの心来れり

     おほどかの心来れり

     あるくにも

     腹に力のたまるがごとし

<ルビ>来れり=きたれり。

<語意>おほどかの=おおらかな。

初出は「創作」1910年(明43)5月号。「創作」(東雲堂書店)は若山牧水が編集する文芸短歌雑誌で、3月に創刊されました。牧水に寄稿を頼まれて、啄木はこの5月号に初めて「手を眺めつつ」と題する16首を寄稿します。3月以来東京毎日新聞と東京朝日新聞に寄稿しはじめた啄木の新しい短歌に、牧水もさっそく注目したのです。

さて「おほどかの心」はどこから来たのか。この歌が5月号に載ったということは作歌は4月(それも中下旬)ということでしょう。この歌に表れる心境は4月のものと考えられます。

すでに何回も見てきた様にこの月の啄木は思想上の悩みを悩んでいます。しかしその悩みばかりで暮らす啄木ではありません。いいこと楽しいこともあるでしょう。「不平が逃げ去」った日もあるように。

特に3月以来短歌に新境地を開拓し、4月にはその境地・啄木調を確立するのですから、ある大きな自信も生まれていたはずです。

幸い10年(明43)の日記は4月分だけがあります。その中の4月2日に次のような件(くだり)があります。

渋川氏(東京朝日新聞社会部長)が、先月朝日に出した私の歌を大層讃めてくれた。そして出来るだけの便宜を与へるから、自己発展をやる手段を考へて来てくれと言つた。/雨模様の、パツとしない日であつたが、頭は案外明るかつた。

「大層」褒めてくれたのです。テキスト314ページに書きましたが、まさに渋川という伯楽が、啄木に千里の馬を見出したのです。すばらしい出来事です。

掲出歌とこの出来事とを直接結ぶ資料はありませんが、歌の背景には上に述べてきたような事を置くべきだろうと思います。

「腹に力のたまる」の「腹」はいわゆる臍下丹田のこと。剣道のような武術、舞・謡いなどの芸事では臍下丹田に力をためていられるようになってこそ本物との認識があります。臍下丹田に力がたまってこそ、全身に力が満ち、必要な力が必要なときに発揮できるとされています。

<解釈>ぼくが切り開いた新しい短歌は今高い評価を獲得しつつある。渋川氏の評価はその象徴的出来事だ。そう思うと、おおらかな心がどこからかやって来て、歩く時にも下腹に力がたまって、全身に元気が満ちているような気がする。

この歌は「やって来る心」の歌です。

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