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2009年12月30日 (水)

誰が見てもとりどころなき男来て

     誰が見てもとりどころなき男来て

     威張りて帰りぬ

     かなしくもあるか

初出は『一握の砂』。であれば、作歌は1910年(明43)10月4日~16日。

初出が『一握の砂』であると言うことは、日記を読み直して作ったうちの1首である公算も大きいことを示します。かれが読み直した日記中でも北海道時代の日記は特別にたくさんの歌を作り出します。それらのうち「忘れがたき人人」に収めなかった幾首かを「われを愛する歌」や「手套を脱ぐ時」にまわしたと考えられます。これもそのうちの1首でしょう。

ボツにしないでこの章に入れたと言うことは、この歌に託するに足るなにかを観たからでしょう。

1908年(明41)元旦の日記にこう記しています。(ちなみに当時啄木は小樽日報を辞めて失業中。文中の「校正」は小樽日報の校正係。)

夜、校正の白田が酔払つて来た。餅を食はした所が、代議士になるといふ怪気炎を吐いた。憐れなもんだ。

「誰が見てもとりどころなき男」とは例えてみれば、底の方が縁よりも高い器のようなもの(そんな器などあるものやら)。啄木の非凡な目で見なくても「誰が見ても」この男の底は見えています。その底を常人をはるかに超えた明晰な意識で見ながら、男の大威張りを聞いているのですから、非常に苦痛だったことでしょう。「かなしくもあるか」です。

ともあれ、これも「見えすぎるかなしみ」の歌に分類できます。

<解釈>だれが見てもとりどころのない男が酔っ払って遊びに来て、怪気炎を吐き大威張りして帰っていった。底の浅さが露出しているような男の怪気炎につきあっていると、ただただ憐れさがつのる。

啄木は日記の記述に触発されてこの歌を作ったのでしょうが、同様のかなしみを少なからず経験していたのでしょう。

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