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2010年1月16日 (土)

事もなく

     

     事もなく

     且つこころよく肥えてゆく

     わがこのごろの物足らぬかな

作歌1910年(明43)8月3日-4日。初出東京毎日新聞同年8月31日。

「事もなく且つこころよく肥えて」ゆくのであれば、もう言うことなしの毎日でしょうに、かえって「物足らぬ」と不服を感じる心の勝手な動き。

54ページ右の歌が、英書を買う金が欲しいと日頃感じていたのだけれど、突然「今日」という日に「切に」その金が欲しい!と思う心の動きをうたっていました。

54ページ左の歌は、水晶の玉1個で日頃の張り詰めた思索から解放される心の動きをうたいました。

どうやら啄木はこの見開きで「心の動きの不思議」をうたっているようです。その不思議は万人共通のものでしょう。自分の心を意識して観てみると啄木がなんとみごとに心というものを掬いとっていることかと、感嘆するばかりです。

<解釈>取り立てて言うべき事件もなくそれとともに気持ちよく肥ってゆくこのごろの生活を、私の心は満足するのではなく、かえって物足りないと感じている。不思議なことだ。

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