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2010年2月21日 (日)

一隊の兵を見送りて  その1

     

     一隊の兵を見送りて

     かなしかり

     何ぞ彼等のうれひ無げなる

<ルビ>何ぞ=なにぞ。

<語意>何ぞ=どうして。

作歌1910年(明43)8月3日夜-4日夜。初出東京朝日新聞1910年8月14日。

「一隊の兵」は隊伍を組んで行進する兵士たちでしょう。作者はそれを見つめそして見送ります。

「かなしかり」、何がかなしいのか。「彼等」が「うれひ無げ」だから。

啄木の歌はここからがむずかしい。「うれひ無げ」だとどうしてかなしいのか、歌は読者の思索を誘ったままで閉じられます。

萩原朔太郎はこの歌の継承者です。詩集『青猫』(1923年1月)の中の「軍隊 通行する軍隊の印象」という詩の中でうたいます。その第1連だけを引きましょう。

  この重量ある機械は

  地面をどつしりと圧へつける

  地面は強く踏みつけられ

  反動し

  濛濛とする埃をたてる。

  この日中を通つてゐる

  巨重の逞ましい機械をみよ

  黝鉄の油ぎつた

  ものすごい頑固な巨体だ

  地面をどつしりと圧へつける

  巨きな集団の機械だ。

   づしり、づしり、ばたり、ばたり

   ざつく、ざつく、ざつく、ざつく。

この詩の全体はたとえば岩波文庫『萩原朔太郎詩集』でも読む事ができます。その後の歴史を考えると、一種の予言詩となっています。

あとは次回にまわします。

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