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2010年3月 4日 (木)

邦人の顔たへがたく卑しげに  その2

     

     邦人の顔たへがたく卑しげに  その2

その2を書こうとして、調べ始めました。とんでもない深みにはまり込んでしまいました。こういう事情です。

今年は韓国併合100周年です。1910年(明43)8月29日「韓国併合詔書」が公布されて、日本帝国による韓国の植民地化が完了します。韓国は亡び、植民地朝鮮となりました。ここに至るまでの残酷無残の過程については多くの歴史家が描いています。わたくしも前掲小著の「韓国併合」という章で、石川啄木と関わってすこし描きました(166~180ページ)。

この韓国併合を1910年8月29日直後の時点で作品の形で批判した日本人は石川啄木しかいませんでした。たった一人です。日本人としては情けなく恥ずかしいことです。それだけに啄木がたった一人で批判してくれたことがどれほどわれわれ日本人を救ってくれたか、計り知れないものがあります。もちろん韓国の人々も啄木をきわめて高く評価します。啄木の批判は1首の歌でなされたのでした(作歌は9月9日)。

 地図の上朝鮮国に黒々と墨をぬりつつ秋風を聞く

この歌を引用している高校日本史教科書があります。幾冊あるのかは調べていませんが。また歴史教育研究会(日本)・歴史教科書研究会(韓国)編『日韓歴史共通教材 日韓交流の歴史 先史から現代まで』(明石書店、2007年)というすばらしい歴史書にも引かれています。この歌についても小著で評釈しましたのでそちらをお手元の本か図書館でご覧ください。

わたくしは3日前からこのブログ「その2」を書けずにおります。書かずになにをしているか。調べ、考え、調べ、考えしています。韓国併合批判の作品があと2、3首出て来そうなのです。1首でもすごいことなのに、韓国併合100年の年にあと2、3首出て来たら、これはダイヤモンドの原石が1個ではなく2個も3個も掘り出されたようなものです。

ではそれをさっさと見せろと言われるかも知れません。掲出歌がそれである可能性は高いとだけ言っておきましょう。他の1、2首について言わないのは、掲出歌もふくめ論証が非常に難しいからです。これまでも韓国併合批判の歌は「地図の上」以外にもありそうだとは、いろいろな人が思ってきました。「地図の上」1首であることの方がむしろ不自然です。しかしこの1首以外は論証できないのです。

わたくしは今その論証ができるかも知れないとの手応えを掴んだところです。

昨日は真夜中まで明治43年歌稿ノートの「9月9日夜」作の39首、「創作」10月号所載の「九月の夜の不平」34首を矯めつ眇めつしていました。今日は10年前にコピーしておいた東京朝日新聞・国民新聞・万朝報・読売新聞等の韓国併合関係記事に読みふけりました。

筋トレのジム・プールにも行けずに今日が終わります。近日中に「その3」を書くつもりでいるのですが、明日以降の研究がどうなって行くのやら。四百字詰め40~50枚の論文にしてしまおうか、とも思っています。

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