« たんたらたらたんたらたらと | トップページ | かうしては居られずと思ひ »

2010年5月20日 (木)

ある日のこと

     

     ある日のこと

     室の障子をはりかへぬ

     その日はそれにて心なごみき

<ルビ>室=へや。

初出「スバル」1910年(明43)11月号。したがって作歌は同年10月4日~16日。

「障子」は、明かりをとり入れやすいように、片面だけに白い紙を張った普通の障子。つまり明かり障子。これの張り替えはどこの家でも家族の誰かがやりました。明かり障子は子供が穴を空けたり、家族の誰かのちょっとしたミスで破れたりします。紙は変色し、またよごれてきます。

この日は「主人」の啄木が張り替えをやりました。何のために? 結句の「心なごみき」が答えを暗示しています。

何をしてもいらつきがとれない。何かないか? わが子と遊ぶ?わずらわしい。散歩?出る気など起きない。酒?昼間っから呑んでいられるか。こうして何もかもしたくない屈託した日というのがあります。そんな日々が続くこともあります。

そこで思いついたのが障子の張り替え。ポンポンと破れていないところもすべて破り、その紙を取り払い、桟(さん)についた紙も水できれいに拭い取ります。糊は妻か母に作らせたかもしれません。その糊を刷毛で桟にぬり、白い新しい障子紙を張ります。

ぴんと張ったまっさらの白い障子は快いものです。部屋が明るくなります。いつの間にか屈託は晴れています。「心なごみき」です。

<解釈>屈託したある日のこと、思い立って部屋の障子を張り替えた。その日はそのおかげで屈託が晴れた。

掲出歌を味わおうとする時すぐに浮かぶのが、現代の代表的歌人の一人三枝昂之さんの鑑賞です。同氏の近著『啄木―ふるさとの空遠みかも』(本阿弥書店)の「あとがき」から引きます。

啄木の短歌でどれが好きか。そんな話題になったとき、近年の私は『一握の砂』の「ある日のこと/室の障子をはりかへぬ/その日はそれにて心なごみき」を挙げることが多い。誰もが持っている和まない心をどう解消するか。若山牧水だったら酒、斎藤茂吉ならやはり鰻だろう。金がある時の啄木は浅草へ行くことが多かったが、歌の中では殊勝にも障子を張り替える。・・・・いかにも暮らしに近しいこの鬱屈解消法がいい。しかも張り替えてしばしなごみ、また次の日は鬱々となごまない自分に戻ってしまう。そこが庶民の心の深部に触れるのである。

深い味のある評釈、啄木短歌を味わう際の1つのお手本です。

« たんたらたらたんたらたらと | トップページ | かうしては居られずと思ひ »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533861/48362093

この記事へのトラックバック一覧です: ある日のこと:

« たんたらたらたんたらたらと | トップページ | かうしては居られずと思ひ »