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2010年5月23日 (日)

かうしては居られずと思ひ

     

     かうしては居られずと思ひ

     立ちにしが

     戸外に馬の嘶きしまで

<ルビ>居=を。戸外=おもて。嘶(き)=いなな(き)

<語意>嘶く=馬が声高く鳴く。

初出『一握の砂』。したがって作歌は1910年(明43)10月4日~16日。

馬の「嘶き」ですが、<語意>の所には辞書の意味を書いてあります。しかし歌の中の「嘶き」はヒヒーンではなくて、馬が驚いたときなどに発するブルルルとかドドドドにちかい嘶きだろうとおもいます。

それにしても嘶きに反応して立ち上がるとは、若干オーバーな気もしますが、啄木には次のような面がありました。金田一京助の「友人として観た人間啄木」の冒頭を引きます。

恩師の与謝野さんがいつか君を追憶しておそろしい空想家だったと評された。ほんとうに君は異常な空想の持ち主だった。ことにその前半期にはほとんど白昼に目をあけて夢を見ている人だった。同宿時代になっても、たった一人居るその室へはいると、二、三度外からノックをして開けるにかかわらず、びっくりして跳び起きることがよくあった。そしてたびたび今覚まされたというその空想の梗概を聞かされたことである。ある時、話しかけて自分で頭をかかえて「羞(はずか)しくて言えない言えない」と尻込みしてから話したのは、(以下略)・・・・・

この異常な空想癖は作歌の時期にも持っていたのでしょう。空想に耽っているときに突然馬のはげしい嘶き。啄木は空想から現実(耳に入った嘶き)へ瞬時に戻ったために、馬の嘶きと判断する間もなく、おどろいて立ち上がったのでしょう。そして、何だ馬か、となったのでしょう。その心理をうたったのだと思います。

<解釈>空想に耽っていると突然すごい物音がした。大変だ!と思って立ち上がったのだが、表で馬が嘶いたにすぎなかった。

前歌は数時間の心の動き。この歌は瞬時の心の動き。

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