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2010年6月 3日 (木)

誰が見ても

     

     誰が見ても

     われをなつかしくなるごとき

     長き手紙を書きたき夕

<ルビ>誰=たれ。夕=ゆふべ。

<64ページ右から67ページ左までの8首分は、以前事情があって先に原稿をつくりました。したがって文体・形式は元に戻ります。>

<語意>見ても=読んでも。なつかしく=親しみたく。
初出は「スバル」1910年(明43)11月号。したがって作歌は同年10月4日~16日。
作者は今、だれかれの区別なく多くの人が自分に親しみをもってほしいと願っていいます。逆に言うと、かれは今孤独の中にあります。
しかし1910年10月前半の啄木が、俗な意味での孤独のなかにいるはずがありません。職場ではその才能が認められ、「一日ゆつくり寝てみたいといふ外に希望がない」という忙しさ(郁雨宛書簡10月20日)。朝日歌壇の選者にも抜擢され、その歌壇は「莫迦に景気が」よく(郁雨宛書簡10月4日)投稿が相継いでいます。かれ自身にも名歌・秀歌は湧くがごとくに生まれています。生涯でもっとも充実した時期を生きています。
したがってかれの孤独は、普通の人のような孤独ではないことになります。10月13日につくった26首の歌が歌稿ノートに記されていますが、その最後につぎの2首があります。

人がみな恐れていたく貶す(おとす)こと恐れえざりしさびしき心

雄々しくも死を恐れざる人のこと巷にあしき噂する日よ

1首目の上3句は日本人のほとんどすべてが恐れ、悪く言う(貶す)明治天皇暗殺計画発覚事件(大逆事件)を指しています。ところがかれは人々とはまったく逆の評価をしています。だから「さびしき心」つまり孤独の中にいる、とうたいます。
2首目の「雄々しくも死を恐れざる人」は幸徳秋水を指しています。1首目と同様の孤独を感じています。(くわしくは小著『啄木短歌に時代を読む』の「幸徳秋水の闘い」参照)
つまり啄木は先覚者のおそろしいほどの孤独の底にいるのです。だからこそ、多くの人につながりたいと夢想します。
孤独からの脱出願望、これが掲出歌のモチーフと思われます。

<解釈>(わたしは大逆事件をめぐってほとんどすべての日本人とは逆の評価をしている。そのため孤独の底に沈んでいるような気もする。そこで)誰が読んでもわたしと親しくなりたいと思ってくれるような長い手紙を書きたいと夢想した。もしそんなことができるなら、たくさんの人とのつながりができて、この孤独から脱出できるのに。そんな気のする夕方だ。

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コメント

 こちらのブログでの丁寧な解説の助けを借りて、『一握の砂』(朝日文庫)を常に携帯して最初からゆっくりと読んでいます。「知っていたつもり」だった啄木の短歌から、まったく新しい世界が広がっていくことに蒙を啓かれる思いが致します。さらっと読んでも心の琴線に触れる普遍性があり、またどんなにも深く読める底知れなさを内包する、啄木の恐ろしいような「天才」と「社会を見る目の確かさ」を改めて感じています。
 大逆事件100年、『一握の砂』100年の年、関心を抱く人がどれ程いるだろうかとの寂しさを感じることもあるのですが、先生のブログにとても励まされます。
本当にありがとうございます。

ナキウサギ様 私のブログを手引きにして、朝日文庫版で『一握の砂』を読んでくださっていらすとのこと。さらに啄木短歌の底知れないすごさを理会していらっしゃること。研究者冥利につきるうれしいお便りです。『一握の砂』100年の年、少なくとも10万人20万人の若い人に改めて啄木が読まれて欲しいのですが、どんな本を出せばよいのやら。どんなHPを作ればよいのやら。今も試行錯誤・悪戦苦闘しています。このブログもその一環なのですが。お気づきのことがありましたらなんでもいいです。お教えください。

近藤典彦さま
連日のご健闘に心からの敬意を表します。
啄木と多喜二の一般的日本人の受け取り方の根本的な違いを考えています。キーワードは“お金と女性”についての、2人についてのイメージの決定的な乖離だと想います。多喜二は革命家でありながら、小樽商業(現国立小樽商科大学)卒、北海道拓殖銀行の銀行マン(少なくとも勤務中は)、小樽の苦界に苦しむ女性(タキ)の救世主と比べると啄木の位置はいかがなものでしょう。国学院大学付属久我山中学校で金田一京助教授の特別授業で、若き啄木についてのお話を聞き、天才的な借金魔、返済しない口実の天才的な作り手のような強烈な印象を持たされました。啄木理解の前に、全日本人をミスリードし続ける。この暗雲を取り除く仕事からはじめなければならないと思います。全国津々浦々に[啄木を読む会]を作り上げることではないでしょうか?

安達尚男様 いつもお心の籠もったコメントありがとうございます。啄木への誤解はその後の諸研究とその成果としての諸入門書によってすでに解けています。国際啄木学会をはじめ各地に啄木会があります。残念なのは若い人が読まず、参加せずの状態がつづいていることです。これまでの入門書でもだめ。わがブログやHPでもだめ。今最後の試みに挑戦中です。新アイディアの入門書です。これでだめなら、普及のことは一時中断して「石川啄木伝」完成に力を尽くすつもりです。今後お力添えをお願いすることがあろうかと存じます。その節はご高配のほどよろしくお願い申し上げます。

近藤典彦先生
 今日ビバに来た二人の若者に先生のブログを紹介しておきました。
 一人は島根県出身の立教大学生(ビバハウス卒業生)、もうひとりは、北星学園大学生(ビバハウスボランテイア生)、二人ともかすかに大逆事件と啄木の歌の関係を聞いたことがあるようなことでした。
若者一人ひとりを先生のブログに導いていきたいと思います。

ビバに来た青年2人にこのブログをご紹介くださったとのこと、ありがとうございます。安達先生のようなご厚意の積み重ねが青年の啄木受容を創り出す1つの道となるのだと信じています。今後ともよろしくご高配をたまわりますようお願い申しあげます。このブログでは歌を読み解くのが精一杯で、青年向けにかみ砕いてはおりません。それでも新青年お2人が読んでくだされば望外の喜びです。よろしくご伝声ください。

 近藤先生
 コメント有難うございました。6月14日付の北海道新聞になかなかいい啄木紹介の記事が載りましたので、北海道の読者だけではもったいないので、ご紹介いたします。文化面、フィールドノートNO10で、リードは、[石川啄木が歌集「一握の砂」を刊行した1910年は、大逆事件、韓国併合という、近代史上に重大な意味を持つ出来事が起こった年でもある。啄木は市井の暮らしと感情に根差した短歌を詠み、同時に国家の暗部をぎ視する論文を執筆した。歌集刊行から1年半後、26才で生涯を閉じねばならなかった啄木の文学と思想は、100年を経た今、格差、閉塞状況が見られる現代に脈々と流れている。]とあり大見出しは、「文学、思想今も新しく」、縦中見出しは{「一握の砂」刊行100年 石川啄木の魅力]、横中見出しは[自己を探求・閉塞からの脱却模索]というすばらしいものです。記事は啄木の年表もあり、北海道に関わる歌の囲い記事もあり紙面のほぼ半分以上です。出来れば近藤先生が直接道新文化部と接触してくださるようお願いいたします。11月半ばごろを予定している先生のご講演の前触れとしてもすばらしいと想います。

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