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2010年6月13日 (日)

人間のつかはぬ言葉

     

     人間のつかはぬ言葉

     ひよつとして

     われのみ知れるごとく思ふ日

初出は『一握の砂』。したがって作歌は同年10月4日~16日。

ある日突然動物の言葉が分かるようになり、動物のしやべるのが聞こえてくる、といった内容の童話や民話は洋の東西を問わずたくさんあったような気がしますが、それは何であったか。宇野浩二の小説に雄鶏が雌鶏に向かって「よっく聞け、おれはあんなだらしのない男じやないぞ。」と怒鳴るのを、そのだらしのない男が聞き分け、自分の考えを変えたというのがあったように思いますが。あれは何という作品だったか。60年近く前に読んだ記憶があります。

ところでわれわれがヒンズー語を「知っている(=知れる)」という場合、それはヒンズー語を耳で聞いて分かるというだけでなく、話すことなどもできることを意味するでしょう。

だから歌の「知れる」は「(動物語を)聞き分けられる」というのとはちがいます。

啄木は、「われのみ」は「人間のつかはぬ言葉」を「知れる(=知っている)ごとく」とうたっています。
「人間のつかはぬ言葉」をもし知っているとすれば、その人は人間であると同時にその言葉をつかう存在→人間以外の存在それも動物ではなく人間を超えた存在でもあることになります。岩城之徳氏はその存在を「たとえば神」と言っていますが、示唆的です。

ここで思い出したことがあります。啄木は1901年(明34)1月号の「太陽」に載った高山樗牛の評論「文明批評家としての文学者」を中学3年の1月に読み、これに傾倒します。

「文明批評家としての文学者」で樗牛が説いた内容の1つにニーチェの超人(ユーベルメンシュ)」の思想があります。樗牛は「超人」と「天才」を同一意義として熱烈にこれを賞揚します。以後1908年(明41)4月の(北海道からの)上京まで、啄木はその影響(とくに天才主義)から抜け出せず苦しみました。

1908年(明41)3月啄木はエッセー「卓上一枝」で釧路新聞にこう書きます。

進化論を是認する者は、啻(ただ)に過去に於ける進化を是認するに止まらずして、又当(まさ)に未来に於ける進化をも是認せざるべからず。猿猴(えんこう)の化して人類となる事或は望むべからざらん。然も人間が人間以上たらんとする希望は、如何なる力を以てしても之を滅却する事能(あた)はじ。然らば即ち、吾人がニイチエと共に超人の理想に行くも何の不可かあらん。

これを読むと啄木はこのエッセーの頃までは、人間が「進化」して「人間以上」になった存在としての「超人」を夢想していたようです。人間は「猿」から進化してきて「猿」語は使わなくなっていますから、人間から進化した「超人」はもはや人間語を使わないのでしょう。きっと今の「人間のつかはぬ言葉」を使っているのでしょう。

掲出歌はこうして「超人」を導入することで解釈可能になりました。その場合「われのみ知れるごとく思ふ日」の後ろを補うのは「(思ふ日)がある」ではなく、「(思ふ日)があった」でしょう。

<解釈>人間の使わぬ言葉すなわち超人の言葉を、ひょっとして、私だけが(超人なので)知っているかのように思う日があったものだ。(その頃は自分もニーチェのいう超人を妄想していたので。)

64、65ページの見開きは、孤独からの脱出願望一変身願望→気分転換の試み→超人の妄想、となりました。「別の自分を求める心」の歌々とくくることができるでしょう。

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