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2010年7月 2日 (金)

人ありて電車のなかに唾を吐く  その1

     

     人ありて電車のなかに唾を吐く

     それにも

     心いたまむとしき

<語意>人ありて=人がいて、その人が。
作歌1910年(明43)7月26日夜。初出東京朝日新聞同年7月28日。
100年前の東京なら電車の中で床につばを吐くのは珍しいことではないように思われます。それなのになぜ啄木はそんな瑣事に心を痛めそうになるのか。今でいう公衆道徳のなさをなげいているのか。これまたむずかしい問題です。

次の文は「我が最近の興味」という啄木のエッセーの一部です。この文章は大逆事件発覚直後の、1910年(明43)6月4日朝に書いたものです。事件発覚後最初の啄木の文章です。
 
 私は毎日電車に乗つてゐる。此電車内に過ごす時間は、色々の用事を有つてゐる急がしい私の生活に取つて、民衆と接触する殆ど唯一の時間である。私は此時間を常に尊重してゐる。出来るだけ多くの観察を此の時間にしたいと思つてゐる。――そして私は、殆ど毎日のやうに私が電車内に於て享ける不快なる印象を回想する毎に、我々日本人の為に、並びに我々の此の時代の為に、常に一種の悲しみを催さずには居られない。――それらの数限りなき不快なる印象は、必ずしも我々日本人の教化(カルチユア)の足らぬといふ点にばかり原因してはゐない、我々日本人が未だ欧羅巴(ヨーロツパ)的の社会生活に慣れ切つてゐないといふ点にばかり原因してはゐない。私はさう思ふ。若しも日露戦争の成績が日本人の国民的性格を発揮したものならば、同じ日本人によつて為さるゝそれ等市井の瑣事も亦、同様に日本人の根本的運命を語るものでなければならぬ。

これによると、「電車のなかに唾を吐く」行為も「日本人の為に、並びに我々の此の時代の為に」「一種の悲しみを催」させるのであり、しかもそうした瑣事が「日本人の根本的運命を語」っているのだということになりそうです。

しかし「日本人の根本的運命」という言葉で啄木が言おうとするのはどのような「運命」なのか。これはなかなか難しい問題です。カギをまず「我が最近の興味」に求めてみましょう。啄木がこの文章の大半を費やすのは2つのエピソードです。

1つはポール・ミリューコフの『ロシアとその危機』(全600ページ)という英書を読んでそこから引いたロシアの純朴で心やさしい農民のエピソード。

もう1つは、東京の市電の中で実際に見た、見栄と俗物性と虚栄の塊のような「貴婦人」のエピソード。

以下は次回に。

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