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2010年8月12日 (木)

庭石に

     

     庭石に

     はたと時計をなげうてる

     昔のわれの怒りいとしも

作歌1910年(明43)9月9日夜。初出『一握の砂』。

「昔」住んだ「庭石」のある家といえば、宝徳寺か盛岡市加賀野磧町の家(結婚後まもなく移り住んだ)であろう。「いとし」は「かわいい」の意味であるから、思い出は宝徳寺時代の、それも少年期のものであろう。

父一禎という人は怒りっぽい人であったらしい。2009年高知駅前に建った「啄木・一禎歌碑」に彫られた歌は「よく怒(いか)る人にてありしわが父の/日ごろ怒らず/怒れと思ふ」である。父の影響を色濃く受けた石川一のかんしゃくである。

「時計」は目覚まし時計であろう。『続続値段の〈明治大正昭和〉風俗史』(朝日新聞社、1982年)によると1904年(明37)で目覚まし時計が1円38銭もする。今の金にするとざっと1万円以上だ。懐中時計(ウォルサム製銀側)だと1906年で16円もする(『完結値段の〈明治大正昭和〉風俗史』)。寒村のお寺の坊さんが懐中時計を必要とはするまいし、買う金もあるまい。宝徳寺にあった時計は目覚まし時計のたぐいであろう。それにしても安いものではない。

「昔のわれ」は何に対して怒ったのであろう。家族に対してか。時計そのものに対してか。自分自身に対してか。どうも見当がつかない。はっり言えるのはその怒りが個人的なものだったということである。

「昔のわれの怒り」の裏側にある「現在のわれの怒り」は作歌が9月9日夜であるから歴史的社会的なものである。わたくしのHP「石川啄木著『一握の砂』を読む」に載せてある「韓国併合批判の歌 5首」の初めの方をご覧いただくと分かるように掲出歌は最初の黒インクグループ(Bグループ)の7首目の歌である。Bグループのテーマは「韓国併合と時代閉塞の現状」であった。

「現在のわれの怒り」はまさに「韓国併合と時代閉塞の現状」への怒りなのである。表現の自由への狂気じみた弾圧の嵐の今、怒りは鬱屈せざるを得ない。

<訳>(韓国併合・時代閉塞の現状に対して何ら有効な行動に出られないで怒りが鬱積する自分を思うと)行動へ何のためらいもなく突き進み、庭石にバシッと時計をたたきつけた昔の自分の怒りがかわいいことよ。

見開きに共通するモチーフとして「鬱屈する心」を取り出してよいであろう。

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