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2010年8月 4日 (水)

盗むてふことさへ悪しと思ひえぬ

     

     盗むてふことさへ悪しと思ひえぬ

     心はかなし

     かくれ家もなし

<ルビ>悪し=あし。かくれ家=かくれが。

初出『一握の砂』。作歌は1910年(明43)10月4日~16。

ひどくむずかしい。数十年来わたくしの中で引っかかりつづけた歌である。今も分からない。「盗むてふことさへ悪しと思ひえぬ/心」とはどうして生じた心なのか。その心はなぜ「かなし」なのか。その心にはなぜ「かくれ家もな」いのか。いや1・2行は「……の心はかなし」であるから主語+述語の1文は完結している。3行目も1文をなして完結している。1・2行と3行の関係は?

この歌が置かれているのは70ページ左である。70・71ページの見開き4首に共通するモチーフに当たりをつけてみると、「赤裸の心」となりそうである。一往この当たりを導きの糸として考察をすすめることにした。

今井泰子氏、上田博氏、木股知史氏の解釈はそれぞれ示唆に富んでいるので、何度も読み返し参考にした。3氏の解釈から取り出した要点を集めて訳してみることも何度か試みた。うまくいきそうで最後に今一つ、の感が残った。

3氏の解釈とは別に、この歌は啄木の社会科学的知識と関係があるのではないかとの数十年来の着想もあり、幸徳秋水『社会主義神髄』『帝国主義』、クロポトキン『麺麭の略取』、ゴーリキー「チェルカッシュ」「零落者の群」を調べもした。これらに決定的なカギはなかった。

こうして丸3日かけ、以下のように考え、一往の解釈を得た。まず上記の疑問についてこんな風に考えた。

1、どうして生じた心なのか? おそらく日記を読み返して、ホームレス時代(本ブログ「飄然と家を出でては」「ふるさとの父の咳する度にかく」参照)を想起し、当時の心に現在の時点からの理解を重ねたのだと思われる。1910年(明43)5月に書いた「硝子窓」という文章がある。以前にもこのブログで引いたと思うが、啄木は言う「自分といふ一生物の、限りなき醜さと限りなき愍然(あはれ)さ」と。生物の究極の本能は自己保存であろう。1903年(明36)1月下旬~2月下旬の約1ヵ月は着の身着のままで、食べるものもなく、住むところもない文字通りのホームレス生活またはそれに近い生活があった。100年前の東京の真冬である。その間何度も自殺を考えたことは確実であるが、他方盗みにしか自己保存の道はないという窮乏まで追いつめられたこともあったと思われる(実際に盗みをしたかどうかはどうでもよい)。

2、その心はなぜ「かなし」なのか? 下の3参照。

3、1・2行と3行の関係は? 3行は1・2行の理由を示す1文である。したがって、「……の心」にはなぜ「かくれ家もな」いのか、という問いは正しくない。「かくれ家もな」いから「……の心はかなし」いのである。(今井泰子氏は「かくれ家」は「盗む」との縁語的表現、と言われたが卓見。)

<訳>盗みということさえ悪いと思えない心は痛ましい。窮乏のためそこまで追いつめられた心にはもうほかに行き場はないのだから。(盗人ならば隠れ家に逃げ込めもしようが。)

幸徳秋水『社会主義神髄』『帝国主義』等上記諸著との関係も一考に値するが、後日に回したい。

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