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2010年9月 8日 (水)

男とうまれ男と交り  その2

     男とうまれ男と交り  その2

ここで今井・岩城両氏の評釈に返っていただくと、事実から遠いことがお分かりいただけるであろう。

職場では悪い待遇ではなかった。日増しに良くなっている。それに啄木にとって職場の地位など大した関心事ではなかった。啄木が当時競争心を燃やしていた関心事は小説だけと言ってよい。啄木最後の最高の小説「我等の一団と彼」も啄木自身の思想と社会認識の歩みが余りに早すぎて、執筆中に中断や構想の変更を何度か余儀なくされる。そしてこの秋には当面の中断を決意する。またしても執筆はうまくゆかなかった。詳しくは小著『『一握の砂』の研究』(おうふう)第Ⅱ部第三章「我等の一団と彼」から『一握の砂』へ、参照。

掲出歌にもどろう。誰に「負けて」いるのか。「友」にではない。「男」と交り負けていると言うのである。当時小説を書くのは男と相場が決まっていた。したがって「男」とは文壇(これは後にできた言葉であろうが)のめざましい作家たちのことであろう。鴎外・漱石・荷風・藤村・花袋・蘆花等がおり、岩野泡鳴、正宗白鳥等々当時一流の作家たちが含まれるであろう。かれらはみな原稿料で暮らせる人たちだ(鴎外は役人、荷風は大学教授でもあるが)。作家としての現状はかれらに後れることはなはだしい。作家として「男と交り」「負けてをり」なのである。

<訳>男としてこの世に生を受け、作家を志し、作家たちの中に入って行って抜きん出たいと思ったのだが、未だに会心作はできず、この度は最も自信をもって執筆した「我等の一団と彼」も失敗した。また負けた。作家としての自分の後れははなはだしい。そのせいだろうか、この秋が身に沁みる。
     

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