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2010年9月23日 (木)

秋の風  その2

     

     秋の風  その2

思いここに至って浮かんできたのが、小著『『一握の砂』の研究』(おうふう)第Ⅱ部第三章「我等の一団と彼」から『一握の砂』へ、であった。ひもとくと198ページに、1910年(明43)6月13日岩崎正あての書簡のある箇所を引いたあとで、こう記述した。

 ……しかし啄木はその日の手紙(上記の岩崎宛)で「運命」「境遇」「社会の状態」等に対して「反抗する気力を無くした。長い間の戦ひではあつたが、まだ勝敗のつかぬうちに僕はもう無条件で撤兵して了つた」と言い、「透徹した理性」によってそれらを傍観すると言う。まさに高橋彦太郎を地で行くと言っているのであある。

大逆事件発覚後約10日。啄木は事件の衝撃を受けながらも、逡巡している。そして前月5月に結論を下したように、自分は現代に対して傍観者になる、というのである。そしてそのような人物として造形したのが「高橋彦太郎」すなわち「我等の一団と彼」の主人公的人物「彼」であった。しかしその直後(おそらく6月15日)から啄木は思想家として飛躍する。ホームページ「韓国併合批判の歌 五首」の「3、大逆事件の衝撃」を参照いただきたい。

啄木自身が6月上旬までの自分自身と決別するやいなや、小説の中の高橋彦太郎に対する作者啄木の目も厳しく批判的なる。作品に歪みが生じる。執筆を一時中断する。

そして7月下旬には「所謂今度の事」を書き、8月20日ころ(推定)「我等の一団と彼」に再挑戦するが直ぐに中断。29日ころから「時代閉塞の現状」の執筆にとりかかる。こうして作歌時には、6月上旬までの啄木とは反対の、時代閉塞の現状と相対し、強権と真っ向から対峙する啄木になっているのである。

このように見てくると全てが符合し整合してくる。「彼のふやけたる男」とは高橋彦太郎的な自分であろう。その自分への決別宣言、それが掲出歌であろう。

<解釈>秋風の快さが身に沁み心を洗う。今日からはわが小説の主人公高橋彦太郎と同様しまりがなく、軟弱な自分とは決別しよう、と思う。

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