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2010年10月16日 (土)

誰そ我に  その1

     

     誰そ我に

     ピストルにても撃てよかし

     伊藤のごとく死にて見せなむ

<ルビ>誰=た。

<語意>かし=助詞で、念を押し意味を強める。伊藤=伊藤博文。

作歌は1910年(明43)9月9日夜。初出「創作」同年10月号。

歌稿ノート9月9日夜の39首中6首目が「何事も金金とわらひ」で7首目がこの歌です。

つまり作歌時の順序と『一握の砂』における順序が同じ、というめずらしい例です。
前歌の評釈をしてみて思ったのですが、この2つの歌は内容でもつながっているようです。

この歌理解のキーワードは「伊藤」です。

伊藤博文(1841~1909)は木戸孝允・大久保利通亡き後の、近代日本最大の政治家です。これが伊藤の主要な側面ですが、他方で韓国に対しては帝国主義者として高圧的威嚇的に相対しました。日本帝国主義の代表として韓国に乗り込み韓国の主権を絞め殺した張本人です。韓国・朝鮮の人々にとっては当時も今も伊藤は不倶戴天の敵です。

ところが啄木は掲出歌のように伊藤を英雄的にうたいます。他方で
  地図の上朝鮮国にくろぐろと墨をぬりつつ秋風を聴く
という名歌もつくります。朝鮮国が植民地化されたことを悼み、朝鮮の人々の苦難に篤い同情を寄せます。

このような両面性が掲出歌の解釈を困難にしてきました。木股知史氏が解釈史を簡潔にまとめています(『和歌文学大系 77』明治書院、415~416ページ。資料参照)。

以下次回。

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