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2011年1月

2011年1月13日 (木)

ブログ中断にあたって

決断しました。ブログ「『一握の砂』を朝日文庫版で読む」をこれからしばらく、中断します。長い間お付き合いくださったみなさんに熱い感謝の意を表します。

2009年2月9日から始めたこのブログ、2011年1月12日現在で

アクセス累計21905、1日当たり平均31、でした。

ホームページ「石川啄木著『一握の砂』を読む」へのアクセス累計は4522、でした。

訪問者が使用するブラウザの言語設定(最近4ヵ月分)では

日本語が83.3%、英語が15.1%、その他中国語、韓国語、ドイツ語、フランス語、ベトナム語がありました。

訪問者のアクセス地域(最近4ヵ月分)では

東京35.6%、大阪8.0%、愛知5.5%、次いで神奈川、兵庫、千葉、北海道、岩手、新潟などとつづき、ほぼ都道府県全てからのアクセスがありました。

2009年2月9日から2010年10月24日までの1年9ヵ月間、毎日啄木短歌の内容の複雑さ・広さ・深さを痛感しました。

啄木端倪すべからず!

このブログの右にある「マイリスト」欄から、ホームページ「石川啄木著『一握の砂』を読む」に行き、「『一握の砂』全歌評釈」を開きますと、ブログを初めから順に読むことができます。「『一握の砂』全歌」ではなく、「我を愛する歌」の全歌ですから、羊頭狗肉ではあります。

しかし『一握の砂』全5章でおそらく最難解の章はこの章と思われますので、熱心な『一握の砂』読者にはお役に立てたと信じています。

もちろん誤りもありそうです。手直しが必要です。またわたくし自身が読み解くことに精一杯だったので、文章がナマでした。あらためて読みやすいスタイルに変える必要も感じております。

そのほか『一握の砂』残り4章の評釈、「時代閉塞の現状」等重要評論の注釈、「呼子と口笛」の注釈、『悲しき玩具』の評釈などの仕事も気にかかっています。前途遼遠です。

ともあれそれでは、「石川啄木伝」執筆中心の日々に戻ることにします。

1908年4月22日大島経男宛の手紙を読み解けたら、いよいよ啄木は上京します。しかしこの書簡は啄木の全書簡中最も難解です。最初の著書『国家を撃つ者 石川啄木』23~24ページでこの手紙を取り上げてからすでに22年、未だに「読めた!」という気がしません。

多くの難関が待ち受けていそうですが、1912年4月13日まで残りは5年。わが残り時間も少なくなってきました。執筆の歩みを早めようと思います。

余裕があったり、気が向いたとき、突然このブログに帰ってくるかも知れません。

この間のご愛読に重ねてお礼申し上げます。コメントをくださったみなさんには、特に厚くお礼申し上げます。    

             2011年1月13日 

2011年1月 3日 (月)

ブログ再開か中断か迷っています

   あけましておめでとうございます

昨年10月24日に「我を愛する歌」151首の評釈が終わった途端、精根尽きたようになりました。エピローグ「やとばかり」とプロローグ「東海の」との関係を少し丁寧に論じようと思ったのですが、今日(1月3日)の箱根駅伝でラストスパートした中央大学のアンカー塩谷潤一君のように力を出し切った感じで、もう一歩も足が出ませんでした。

その後幾度か再開か中断か、再開するなら何をするか、とつおいつしました。結論が出ないまま、今日になりました。そして結論が出ないまま、この新稿投稿ページに向かいました。

はっきりしていることはただ1つ。『一握の砂』の評釈だけはしばらくやらない、ということです。あんなに疲れるものだとは!

ご存じのように「邦人の顔たへがたく卑しげに」の歌1首の評釈だけで、45日もかかりました。それだけの成果は挙がったと思うのですが、反響はいかにも乏しく、残念でした。「煙」以下の章は楽なのではないか、という気のするときがないでもありませんが、あぶない、あぶない。また泥沼にはまりたくありません。

ブログを始めたためにわたくしのライフワーク「石川啄木伝」の執筆は特に昨年4月以降停滞しました。今年は啄木の最後の上京以後(1908・明治41年4月以後)に取りかからねばなりません。その前に1つ2つやるべき事もあります。

ですから再開するとしても、あまり手間の掛からないようにしなくてはなりません。これまで書きためた「石川啄木伝」からみなさんのお役に立ちそうなこと・ご興味のありそうなことを流し込むか、「石川啄木伝」執筆中に浮かんだ着想を書き込むか。ともかく時間を費やしすぎない工夫をしなくてはなりません。でなければ中断宣言してしまうか。

これからまた考えます。ご意見(コメント)をいただけるとうれしいです。

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