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2011年4月24日 (日)

ブログを再開します

ずっと中断していましたが、その間もこのブログおよびHP「石川啄木著『一握の砂』を読む」に変わらぬ数の方々から訪問していただきました。

そこで、「国際啄木学会東京支部会報」18号(2010年4月)19号(11年4月)に載せた論文を全面的に改稿し、このブログに掲載して行くことにしました。

以下はその第1回です。

     「我を愛する歌」の研究    近藤典彦
                                             2010年1月16日起稿
                                2月01日脱稿
                           2011年4月22日改訂

 『一握の砂』に張りめぐらせた編集・割付の巧緻については、小著『『一握の砂』の研究』(おうふう、2004年)で論じた。あれは「みぞれ降る/石狩の野の汽車に読みし/ツルゲエネフの物語かな」1首の解読をきっかけに展開した研究だった。『一握の砂』全5章の中に読み取れる限りのものを読み取ったはずだった。「我を愛する歌」の章には、見開き4首毎に張りめぐらせた巧緻は認められなかった。
 したがって朝日文庫版『一握の砂』(朝日文庫、2008年)を編んだ時も、3~10ページの16首とプロローグ・エピローグの2首以外には、編集・割付上の指摘はしなかった。

 11ページ右の歌「わが泣くを少女等きかば」の脚注にはこう記した。

   ここから啄木の「心の姿」百態がランダムに配置される。

と。
 朝日文庫版の『一握の砂』は啄木の編集意図を復元・解説した未曾有のテキストである。わたくしはこのテキストによって『一握の砂』が爆発的に読まれる日の来ることを願った。
 そのための試みの1つとして、うかうかとブログ『一握の砂』の評釈を始めてしまった。
 やがて「『心の姿』百態がランダムに配置される」箇所(11ページ)にさしかかった。それ以後の評釈は表面的には簡単そうだが、非常にむずかしかった 。

 以下は今井泰子注釈『石川啄木集』のp504~505にある補注一の一部である。今井泰子がいかに『一握の砂』評釈の困難さを認識していたかを知っていただきたい。明治四一年~四三年の啄木の歌風の変化に触れつつ、啄木短歌を論ずる箇所から引用する。
   

  ……四一、二年の歌は、概して非現実的な素材によった象徴的な作風で、「明星」の強い影響下にある。それらの中から比較的空想性が少なく得意とするものが拾われ、四年の現実的作風の歌と合わせられて歌集に まとめられた。したがって、この歌集の基本的な作風は四三年中のものの中に見いだされる。
  ただし、浪漫的・象徴的・現実的と称しても、それは主として素材の差、主題の差であって、表現技法や言語 感覚という点で見れば、啄木は、最後まで一種のサンボリストである。四三年中の作品も、日常現実の具体的場面を描いているかにみせて、歌の主題の多くは場面自体にない。各用語の背後に広いイメージをつくり、それによって主題を構成している。 
  啄木の歌は、語彙や語法の日常性によって、平易な歌とみられているが、そうした技法上の性格のために、主題の把握は容易でない。むろん、わかりやすい歌もあるが、総体的にみれば、ああも解せるこうも解せるというたぐいの歌が多い。この書ではそうした困難を感じた時には、前後の歌の関係に注意した。すなわち、この歌集は、創作時期ではなく内容を基準として構成されている。通読すれば気分の流れが波となって読み取れるように編集され、一首一首は、その内容・主題・イメージによって、鎖がつながるようにからみあって配列されている。著者の手もとの歌だけでつながらぬ時には、その場で詠出してそれをつなげたようである(歌集初出歌をそのように位置づけることが可能である)。そうした構成が、各歌の主題把握に手がかりを与えてくれる。
 
 わたくし自身1首の評釈に45日間、11日間等々を費やしたこともあった。

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