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2011年5月

2011年5月31日 (火)

「我を愛する歌」の研究 17

30-31ページ

     大いなる彼の身体が
     憎かりき
     その前にゆきて物を言ふ時
 
【解釈】主筆の前に行って物を言う時は、どうも気後れしてしまった。トップの主筆の前だから校正係の自分が気後れしたのではない。あの人の身体があまりに大きいせいだ。だからあの巨体が憎かった。

     実務には役に立たざるうた人と
     我を見る人に
     金借りにけり 

【解釈】石川君は歌人としては売り出し中だし、二葉亭全集の校訂など任せられて忙しそうだが、その分校正係としてはさっぱり役にたたん。そんな風に思っている人に、金を借りたのだった。

     遠くより笛の音きこゆ
     うなだれてある故やらむ
     なみだ流るる 

【解釈】遠くから笛の音が聞こえてくる。それはふるさとの祭りの記憶へと、天真爛漫だった少年の日の記憶へと、わたしを誘う。上役も知らない、借金の苦労もないあの日々よ。項垂れているせいだろうか、涙が流れ落ちる。

     それもよしこれもよしとてある人の
     その気がるさを
     欲しくなりたり 

【解釈】何事によらずそれもいいじゃないか、これもいいじゃないかで済ます人と一緒にいると、自分もその気軽さを欲しくなってしまった。(私は自分の意識力をもてあましているのだ。)

注解】p.30=職場での人間関係。p.31=少年時代の天真爛漫(3首目は起承転結の転に相当する役割)・現在のもてあます意識力。

<ブログをお読みいただくに際してのお願い>

このブログの勘どころは【注解】にあります。いつも【注解】にご注目の上、次の2点を実行してください。

1、ブログには2ページ4首(または1ページ2首)を1回分として載せて行きますが、その1回分ごとに、朝日文庫版のテキストに帰って啄木の編集・割付の巧緻を再度味わってください。
2、またテキストの組版(字体を含む)は「日下潤一+長田年伸+原田潤」氏の作品ですが、これは啄木の指示で作られた東雲堂版『一握の砂』の魅力を、文庫版に再現した入魂の傑作です。これも味わってください。

また、【解釈】は【注解】理解に必要な最小限の内容です。【解釈】をほんとうに理解するためにはわたくしのHP「石川啄木著『一握の砂』を読む」の「『一握の砂』全歌評釈」に当たってください。たとえば二つ目の歌の「・・・と我を見る人」がどんな人かは、【解釈】を百万遍読んでも分かりません。

2011年5月28日 (土)

「我を愛する歌」の研究 16

28-29ページ

     この日頃
     ひそかに胸にやどりたる悔あり
     われを笑はしめざり 

【解釈】このところ、ひそかに私の胸にやどった悔いがある。大逆事件の発覚で知ったのだが、命を賭けて国家と対決しようとした人たちがすでにいた。自分の傍観的態度はこの人たちにとって、何という残酷な振る舞いであったことか。この思いが私から笑いをうばっている。

     へつらひを聞けば
     腹立つわがこころ
     あまりに我を知るがかなしき 

【解釈】歌人として評価されるとおべっかに聞こえて腹が立つわが心。歌人としての自分・その自分が作る歌、それらに対する評価や思いの複雑さはこの世で私自身が一番よく知っている。そんなコンプレックスいだくのは悲しいことだ。

     知らぬ家たたき起して
     遁げ来るがおもしろかりし
     昔の恋しさ 

【解釈】盛岡の町で夜おそく、知らない家の戸を叩き家人が起きてくるのを待って、逃げて来るのを楽しんだ少年の日のなつかしさよ。

     非凡なる人のごとくにふるまへる
     後のさびしさは
     何にかたぐへむ 

【解釈】国家とか何とか一切の現実を承認して、そしてその範囲において自分自身の内外の生活を一生懸命に改善しようと、ここ3か月間人々にえらそうに訴えてきたが、どうやらそれは空理空論であった。それに気が付いた今のこのさびしさは何にくらべられようか。

注解】p.28=思想家としての悔い・複雑過剰の自己認識。p.29=悩み知らずの少年時(3首目は起承転結の転に相当する役割)・醒めてしまった自己認識

2011年5月26日 (木)

「我を愛する歌」の研究 15

再開したブログ「我を愛する歌」の研究の2と3で述べたことをたまに要約して、繰り返し載せることをお認め下さい。

このブログの勘どころは【注解】にあります。いつも【注解】にご注目の上、次の2点を実行してください。

1、ブログには2ページ4首(または1ページ2首)を1回分として載せて行きますが、その1回分ごとに、朝日文庫版のテキストに帰って啄木の編集・割付の巧緻を再度味わってください。
2、またテキストの組版(字体を含む)は「日下潤一+長田年伸+原田潤」氏の作品ですが、これは啄木の指示で作られた東雲堂版『一握の砂』の魅力を、文庫版に再現した入魂の傑作です。これも味わってください。

また、【解釈】は【注解】理解に必要な最小限の内容です。【解釈】をほんとうに理解するためにはわたくしのHP「石川啄木著『一握の砂』を読む」の「『一握の砂』全歌評釈」に当たってください。たとえば下の歌の「手が白く且つ大なる男」が高村光太郎であることは、【解釈】を百万遍読んでも分かりません。

26-27ページ

     手が白く
     且つ大なりき
     非凡なる人といはるる男に会ひしに

 
【解釈】手が白くて大きかった。非凡な人と言われている男との会談の印象はそんなところだった。

     こころよく
     人を讃めてみたくなりにけり
     利己の心に倦めるさびしさ 

【解釈】気持ちよく他人を賞讃してみたくなってしまったなあ。讃めている時というのは、その人のことだけで自分のことは考えていない時だもの。現実の自分はどうかと言えば、家族のために脇目もふらず働いているけれど、小説を書く時間が欲しいという思い(利己の心)が強烈で、これを押さえ込むだけでくたくただ。独り心の中でこんなことを悩んでいるさびしさ!

     雨降れば
     わが家の人誰も誰も沈める顔す
     雨霽れよかし
 
【解釈】家族関係がむずかしく、普段から気持ちの沈み勝ちのわが家だが、今日はだれもだれも沈んだ顔をしている。きっと雨が降っているせいに違いない。雨よどうか霽れてくれ。みんなの顔も晴れるかもしれないから。

     高きより飛びおりるごとき心もて
     この一生を
     終るすべなきか
 
【解釈】私はある思想問題で決断できずに苦悩し、苦悩をのがれるために気持ちを他の事に向けて緊張させようとするのだが、それも持続できない。高いところから飛び降りる時のあの決断と緊張の心理を持ちつづけて、わが一生を全うする方法はないものか。

注解】p.26=彫刻一途の男・文学一途になれない自分。p.27=家長としての悩み・思想家としての悩み。

2011年5月22日 (日)

「我を愛する歌」の研究 14

24-25ページ

     かなしきは
     飽くなき利己の一念を
     持てあましたる男にありけり
 
【解釈】ほんとうにどうしようもないのは、どこまでもやむことのない利己心を持てあましている石川啄木という男であったよ。

     手も足も
     室いつぱいに投げ出して
     やがて静かに起きかへるかな
 
【解釈】ふと机を離れ、手も足も、6畳間のすみずみに届けとばかり投げ出して大の字になり、まもなくしずかに起き上がることよ。

     百年の長き眠りの覚めしごと
     呿呻してまし
     思ふことなしに

【解釈】百年間も眠り続けた人があって、目が覚めたなら、先ずするであろうような無心の大あくびをしていられたらいいのになあ、煩わしいことをみんな忘れて。

     腕拱みて
     このごろ思ふ
     大いなる敵目の前に躍り出でよと

 【解釈】このごろ腕拱みをしてよく思う。大いなる敵が目の前に躍り出て、おれに闘いを挑んで来ないかなあ、と。そうしたら闘っている間中は最大の悩み事から解放されるのに。

注解】p.24=鬱屈した心・その解消法。 p.25=空想による鬱屈の解消法。

2011年5月21日 (土)

「我を愛する歌」の研究 13

22-23ページ

     何となく汽車に乗りたく思ひしのみ
     汽車を下りしに
     ゆくところなし

【解釈】下宿は居心地が悪い。下宿を出て気晴らしでもしたいが、金も無い。だから居どころも無いし、行きどころも無い。そこで汽車に乗りたくなっただけのこと。とある駅で降りたけれど、当然そこでも行きところは無い。

     空屋に入り
     煙草のみたることありき
     あはれただ一人居たきばかりに 

【解釈】もし家主や巡査に見つかれば罪をとわれると分かっているのに、空き屋に入って煙草を吸ってたことがあった。ああ、一人っきりになりたいために。

     何がなしに
     さびしくなれば出てあるく男となりて
     三月にもなれり 

【解釈】何という訳もなく、さびしくなると下宿を出て外をほっつき歩く男となって、もう3ヶ月にもなる。

     やはらかに積れる雪に
     熱てる頬を埋むるごとき
     恋してみたし 

【解釈】ふわっと積もった真っ白な雪に、赤くほてった頬を埋めて冷やしたくなるような、そんな恋をしてみたい。

注解】居場所のない悩みをうたう3首・熱い恋に居場所を求める1首。

2011年5月19日 (木)

「我を愛する歌」の研究 12

20-21ページ
     

     何処やらに沢山の人があらそひて
     鬮引くごとし
     われも引きたし 

【解釈】この世には沢山の不遇な人たちがいて、その境遇からはほとんど抜け出せない。だから万に一つの僥倖を願う。くじ引きのような僥倖をつかむみじめっぽい機会があると、その人たちはそこに群がって争う。そんな機会があるなら自分もやはり参加したい。

     怒る時
     かならずひとつ鉢を割り
     九百九十九割りて死なまし 

【解釈】腹が立ってかっかするたびに、鉢を持ち出しては堅い物にたたきつけて、ガシャーンと壊してしまい、ついには999個割ったところで死ねたらよいのに。

     いつも逢ふ電車の中の小男の
     稜ある眼
     このごろ気になる 

【解釈】電車の中でいつもあう身体の小さい男のとげとげしい目つきが、この頃どうも気になる。

     鏡屋の前に来て
     ふと驚きぬ
     見すぼらしげに歩むものかも

【解釈】鏡屋の前まで来て映っていたのが自分だったと分かって不意におどろいた。颯爽とした自分のはずが、なんと見すぼらしげに歩いていることよ。

注解】p.20=暗い世の中のみじめな願望・破壊の快感。p.21=このごろ気になる男・このごろ気にならかったわが姿。

2011年5月17日 (火)

「我を愛する歌」の研究 11

18-19ページ
     

     「さばかりの事に死ぬるや」
     「さばかりの事に生くるや」
     止せ止せ問答 

【解釈】「そんなつまらない事で死ぬのか。いや生きていよう。」「そんなつまらない事のために生きているのか。いや死のう。」 ある日のぼくの心が繰り広げる、はてしなき止せ止せ問答。

     まれにある
     この平なる心には
     時計の鳴るもおもしろく聴く
 
【解釈】まれに生じるこの安らいだ心の場合には、日ごろは私を急(せ)き立ていらいらさせる時計の音も、おもしろく聴けるのである。

     ふと深き怖れを覚え
     ぢつとして<
     やがて静かに臍をまさぐる 

【解釈】自分の存在の確かさは自分の心の確かさである、と少年の日から信じてきたが、その心が思いがけない変化をしてしまうものであると、最近知った。とすると心すなわち自分には中心にすべきものが無いことになる。そのことをじっと考えていると、わが手は自然に身体の中心である臍をまさぐっている。

     高山のいただきに登り
     なにがなしに帽子をふりて
     下り来しかな     

 【解釈】高い山の頂上に登り、折角登ったのに、何というわけもなく下界に向かって帽子を振っただけで、下ってきたのだった。頂点に立った時のおかしな心のあり方よ。

注解】p.18=死ぬか生きるかの心・平静の心。p.19=心の深淵への恐れ・高山頂上での心の微動。

2011年5月13日 (金)

「我を愛する歌」の研究 10

16-17ページ

     草に臥て     
     おもふことなし
     わが額に糞して鳥は空に遊べり

【解釈】草に寝ころがって、青く澄んだ空を見上げていると、心から雑念が消えた。突然鳥の糞がわが額に落ちてきた。現実に引き戻されて目をやると、糞をした鳥の方は無心に空を舞っているではないか。
     

     わが髭の
     下向く癖がいきどほろし
     このごろ憎き男に似たれば
 
【解釈】この髭の下を向く癖の腹立たしいったらない。このごろ憎らしいと思っている男の髭の癖とそっくりなのだもの。
     

     森の奥より銃声聞ゆ
     あはれあはれ
     自ら死ぬる音のよろしさ

【解釈】森の奥から一発の銃声。誰かが自死したにちがいない。ああ、ああ、自死する時にあの短く乾いた音はぴったりだ。
     

     大木の幹に耳あて
     小半日
     堅き皮をばむしりてありき
 
【解釈】ぼくはある日森の中に行き、大木の幹に耳をあて、ほとんど半日の間堅い木の皮を指でいじりながら、ぼんやりと過ごした。その森の中でピストル自殺する人もあるというのに。

注解】p.16=無心・有心。p.17=森の中。

2011年5月11日 (水)

「我を愛する歌」の研究 9

14-15ページ
     

     愛犬の耳斬りてみぬ
     あはれこれも
     物に倦みたる心にかあらむ 

【解釈】愛犬の耳を刃物で傷つけてしまった。ああ、こんなひどい馬鹿なことをことをするのも、何もする気が無くなった心のせいだろうか。
     

     鏡とり
     能ふかぎりのさまざまの顔をしてみぬ
     泣き飽きし時
 
【解釈】鏡を手にとって、自分の顔で百面相をして写して見た。もう泣くのに飽きた時に。
     

     なみだなみだ
     不思議なるかな
     それをもて洗へば心戯けたくなれり 

【解釈】なみだなみだ、これは不思議だぞ。なみだで心を洗ってやると、心が悲しみを忘れ、戯けたくなるぞ。 
     

     呆れたる母の言葉に
     気がつけば
     茶碗を箸もて敲きてありき 

【解釈】あきれてたしなめる母の言葉に気がついてみると、何に浮かれたのやら、調子をとって箸で茶碗を敲いているのだった。

注解】心の姿4態。

2011年5月 9日 (月)

「我を愛する歌」の研究 8

12-13ページ。

   いと暗き
   穴に心を吸はれゆくごとく思ひて
   つかれて眠る

【解釈】真っ暗な穴に心を吸われてゆくようだと思って、1日の勤めに疲れきって眠りに落ちる。

   こころよく
   我にはたらく仕事あれ
   それを仕遂げて死なむと思ふ
 
【解釈】私は家族と自分が生きるために毎日職場で働いているが、気持ちよくやり遂げるべき天職こそが欲しい。天職を得られたらそれを仕遂げて死のうと思う。 

   こみ合へる電車の隅に 
   ちぢこまる
   ゆふべゆふべの我のいとしさ

【解釈】この頃(1910年頃)の東京の新光景ともいうべき通勤電車のラッシュ。その夕方の電車の隅に来る日も来る日も縮こまって乗っている自分の、愛すべき健気さよ。

   浅草の夜のにぎはひに
   まぎれ入り
   まぎれ出できしさびしき心

【解釈】浅草の夜の活動写真館のぎっしり詰まった人込みに、この世の憂さ・人間関係の煩わしさを忘れに行って、活動写真が終わってしまうとまた憂さ・煩わしさがもどって、人込みを出て来たあのさびしい心よ。

注解】4首共通の主題、勤め人の心情。

2011年5月 7日 (土)

「我を愛する歌」の研究 7

10ページ、11ページ。
   

   飄然と家を出でては
   飄然と帰りし癖よ
   友はわらへど

【解釈】夢を追って家を飛び出しては大失敗し、そのたびに父に計り知れない迷惑をかけ、結局は飄然と家に帰ってくるしかなかったわたしの悪い癖。友はあざ笑ったけれど、でも、ああなるほかは無かったのだ。
   

   ふるさとの父の咳する度に斯く
   咳の出づるや<
   病めばはかなし

【解釈】ふるさとの老いた父が咳をするたびに、東京にいるぼくに伝わってこうしてぼくも咳をするのだろうか。父の助けを得られない旅の空で病気になると、心細くてたまらない。

注解】p.10=父の歌。なお、10ページ脚注参照。

11ページ。

(テキストではこのページ右の歌の脚注に「ここから啄木の『心の姿』百態がランダムに配置される」と記したのであった。しかしその後の研究で「ランダム」どころか、見開き2ページ4首〈または各1ページ2首〉に、なんらかの編集上の工夫を用意していることが分かったのである。それを以後【注解】で示して行く。)
   

   わが泣くを少女等きかば
   病犬の
   月に吠ゆるに似たりといふら
む 
【解釈】私の心の中の憤懣、悲しみをそのまま泣くという行為にうつしたならば、私の泣き声を少女等は、狂犬が月に向かって吠えているようだ、と言うことだろう。        
   

   何処やらむかすかに虫のなくごとき
   こころ細さを
   今日もおぼゆる 

【解釈】何処で鳴いているのだろうと思いながら、かすかな虫の音を聞いたことがある。秋の末の今にも絶え入りそうな虫の音だ。あれを聞いたときのような、自分という存在に対する頼りなさを、今日も感じることだ。

注解】p.11=孤独な懊悩・孤独の不安。

2011年5月 6日 (金)

「我を愛する歌」の研究 6

8-9ページ。
   

   目さまして猶起き出でぬ児の癖は
   かなしき癖ぞ
   母よ咎むな

【解釈】目をさましていながら、布団の中でぐずぐずしている息子の癖は、ぼく自身どうにもならない癖なんだから、母さんあんまりとがめないで。
   

   ひと塊の土に涎し
   泣く母の肖顔つくりぬ
   かなしくもあるか

【解釈】ひとかたまりの土に唾を落として軟らかくし、泣く母の似顔を作った。母に申し訳ないとも思う。自分が不甲斐ないとも思う。またこんなことをしている自分をどうしようもなく情けないとも思う。
   

   燈影なき室に我あり
   父と母
   壁のなかより杖つきて出づ

【解釈】ランプの明かりも消した下宿の部屋にぼくはいる。と、父と母が杖をついて壁の中から自分の方に向かって歩いてくる。
   

   たはむれに母を背負ひて
   そのあまり軽きに泣きて
   三歩あゆまず

【解釈】母が年とって小さくなった現実・ひどく苦労をかけて来た事実から、目を背けて来たのだけれど、うっかりふざけて母をおぶったところ、そのあまりの軽さが私の背中に伝えた。母は老いた、痩せて小さくなった、ここに至るまでにどんなに苦労をかけたことか、いかに大きな恩愛を受けたことかと。一歩二歩、涙がこぼれてもう動けない。

注解】母の歌4首。なお、8ページ脚注参照。

2011年5月 3日 (火)

「我を愛する歌」の研究 5

6-7ページ。
   

       砂山の裾によこたはる流木に
   あたり見まはし<
   物言ひてみる

【解釈】砂山の裾に根もとを打ち上げて、長い幹の半分までを海中に入れたまま、横たわる巨大な流木をみたわたしは、自分の漂泊の半生を重ねてしまい、親しみを感じて話しかけたくなった。人に見られたらヘンに見られるだろうとあたりを見回したがさいわい誰もいない。そこで話しかけてみた。
   

    いのちなき砂のかなしさよ
   さらさらと
   握れば指のあひだより落つ

【解釈】私の内部に渦巻き私を揺り動かす思いや望みは、実現からはほど遠い。ただ時間だけが過ぎ去ってゆく。砂を握ると、砂はいのちなきものゆえに、私のそんな思いにとんじゃくすることなく、砂時計となって、さらさらと、指の間よりすべり落ちてゆく。私の人生が意に満たぬままに刻一刻と過ぎてゆくことを無情にも知らせながら。
   

       しつとりと
   なみだを吸へる砂の玉
   なみだは重きものにしあるかな

【解釈】生きて行くことの苦しさに自殺まで考えたわたし。そのわたしの涙をしっとりと吸ってできた砂の玉。熱くしたたり落ちた涙が突然重さのあるものに変わったのだ。この玉がわたしの苦しみ・悲しみの全重量を表していると思うと、涙はなんと重いものであることよ。
   

       大といふ字を百あまり
   砂に書き
   死ぬことをやめて帰り来れり

【解釈】大きな人間になる、という少年時代からの大志を思い起こして、無量の砂の上に、大という字を百あまり書いてゆくと、いつのまにか自殺衝動が消えてしまった。そして家に帰ってきたのだった。

注解】テキスト6-7ページの脚注・補注参照。

2011年5月 2日 (月)

「我を愛する歌」の研究 4

4-5ページ。

   

       大海にむかひて一人
   七八日
   泣きなむとすと家を出でにき

【解釈】大海に向かって自分一人、七日も八日も思いっきり泣いてやろうと思って家を出たのだった。

    いたく錆びしピストル出でぬ
   砂山の
   砂を指もて掘りてありしに

【解釈】(直訳すれば)ひどく錆びたナイフが出て来た。砂山の砂を指で掘っていたら。(もう少しイメージ化してみると)海沿いに1500mもつづく砂山にすわって海を眺めているうちに、ふと目の前の砂を掘ってみたくなった。真っ赤に錆びた金属に指があたった。何だ? 掘りだしてみたらピストルだった!

    ひと夜さに嵐来りて築きたる
   この砂山は
   何の墓ぞも

【解釈】一夜のうちに波打ち際のところどころに嵐が築いていったこれらの砂山は、まるでいくつもの土饅頭のようだ。土饅頭だと人の墓だが、これはいったい何の墓なんだ?

    砂山の砂に腹這ひ
   初恋の
   いたみを遠くおもひ出づる日

【解釈】函館の大森浜の砂丘に腹這って、青い海のかなたに目を放つと、青い空によって区切られるあたりに下北半島が見えている。あそこをずっと南下すると岩手県の盛岡や渋民だ。自ずと節子との初恋の日々に思いは至り、初恋にまつわるいたみを思い出す日よ。

注解】テキスト4-5ページの脚注・補注参照。

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