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2011年6月 6日 (月)

「我を愛する歌」の研究 20

36-37ページ     

     空寝入生呿呻など
     なぜするや
     思ふこと人にさとらせぬため 

【解釈】人前で空寝入生欠伸などをなぜするのか?  ほんとうに自分の言いたいことを押し隠すためだ。

     箸止めてふつと思ひぬ
     やうやくに
     世のならはしに慣れにけるかな 

【解釈】食事中無意識のうちに作法通りに食べている自分に気づき箸を止めて思った。あんなに世のならわしに背き続けた自分だが、とうとう世のならわしに慣れて自分を押し隠し、真面目に勤めていることだなあ。

     朝はやく
     婚期を過ぎし妹の
     恋文めける文を読めりけり
 
【解釈】朝はやく婚期を過ぎて数え年22にもなった妹から手紙を受け取った。妹は「一生を神に捧げて」伝道婦になるというが、兄のわたし宛の手紙なのにまるで恋文のような文章になっている。かわいそうに、妹の押し隠した「我」がこの手紙に表出しているのだ。妹だけではない。自分もそして人はみな、「我」を押し隠して生きている、そう思いながら手紙を読んでいたことであったよ。

     しつとりと
     水を吸ひたる海綿の
     重さに似たる心地おぼゆる
 
【解釈】人は空寝入り・生欠伸や勤め人生活や手紙といったごく日常的な事柄の奥に、より本質的な「我」を抱えているものだが、それを思うとしっとりと水を含んだ海綿の重さに似た、気分の重さをわたしは感じる。

注解】4首共通の主題、押し隠した自我。

<ブログをお読みいただくに際してのお願い>

このブログの勘どころは【注解】にあります。いつも【注解】にご注目の上、次の2点を実行してください。

朝日文庫版のテキストに帰って啄木の編集・割付の巧緻を、さらに組版(字体を含む)の妙を味わってください。

【解釈】は【注解】の理解に必要最小限の内容です。【解釈】をほんとうに理解するためには右のマイリストから「石川啄木著『一握の砂』を読む」に行き、「『一握の砂』全歌評釈」の当該歌に当たってください。

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