« 「我を愛する歌」の研究 24 | トップページ | 「我を愛する歌」の研究 26 »

2011年6月16日 (木)

「我を愛する歌」の研究 25

46-47ページ

     何やらむ
     穏かならぬ目付して
     鶴嘴を打つ群を見てゐる 

【解釈】なんだ?あの男は険しい目付きで鶴嘴を打つ工夫たちを見ているぞ。(考えてみると通りがかりの自分には関係ないことなのに、ついこうして気になってしまうんだなあ、このおれは。)

     心より今日は逃げ去れり
     病ある獣のごとき
     不平逃げ去れり 

【解釈】心から今日は不平が逃げ去った。病をもつ獣のような、恰度忘れてゐた傷の痛みが俄に疼き出して来る様な、あの不平が今日は逃げ去った。

     おほどかの心来れり
     あるくにも
     腹に力のたまるがごとし 

【解釈】ぼくが切り開いた新しい短歌は今高い評価を獲得しつつある。渋川氏の評価はその象徴的出来事だ。そう思うと、おおらかな心がどこからかやって来て、歩く時にも下腹に力がたまって、全身に元気が満ちているような気がする。

     ただひとり泣かまほしさに
     来て寝たる
     宿屋の夜具のこころよさかな 

【解釈】(自分の時間のほとんどを家族扶養のために用いる自分と、文学に全力を傾注したい自分とを統一しようと、ここ3、4ヵ月がんばった見たが結局不可能だった。一家の主として生活するということは、文学者としての自分をワナにかけるようなものだ。ワナからのがれる道は無いか……。無い。)こう考えたら一人きりになって泣いてみたくなった。そこで家に帰らずに宿屋に泊まることにした。その宿の夜具のこころよかったこと!

注解】気になる心→逃げ去る心→入ってくる心→湧いてきた心。

<ブログをお読みいただくに際してのお願い>

このブログの勘どころは【注解】にあります。いつも【注解】にご注目の上、次の2点を実行してください。

朝日文庫版のテキストに帰って啄木の編集・割付の巧緻を、さらに組版(字体を含む)の妙を味わってください。

【解釈】は【注解】の理解に必要最小限の内容です。【解釈】をほんとうに理解するためには右のマイリストから「石川啄木著『一握の砂』を読む」に行き、「『一握の砂』全歌評釈」の当該歌に当たってください。

« 「我を愛する歌」の研究 24 | トップページ | 「我を愛する歌」の研究 26 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533861/51948733

この記事へのトラックバック一覧です: 「我を愛する歌」の研究 25:

« 「我を愛する歌」の研究 24 | トップページ | 「我を愛する歌」の研究 26 »