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2011年6月28日 (火)

「我を愛する歌」の研究 31

58―59ページ

     遠方に電話の鈴の鳴るごとく
     今日も耳鳴る
     かなしき日かな

【解釈】遠くで電話の鈴が鳴るように、今日も耳が鳴っている。(ほとんど言語に絶する忙しさのせいだろう。仕事が一段落するまで直りはすまい。今日も)かなしい日だ!

     垢じみし袷の襟よ
     かなしくも
     ふるさとの胡桃焼くるにほひす

【解釈】この2年半の私と家族の生活の激動がしみ込んだような、垢じみた袷の襟の匂いをふと嗅ぐと、かなしくもまあ、恋しいふるさとの、宝徳寺の、庫裏(住職一家の住むところ)の、囲炉裏で胡桃が焼けた時の匂いがする。

     死にたくてならぬ時あり
     はばかりに人目を避けて
     怖き顔する

【解釈】小説が書けなくてこの世がいやになり、剃刀で心臓を割いて死にたいと思うが、そんなことはどうしてもできない。そこで人に見られないように便所に隠れ、剃刀を胸に当てて「オレは本気だぞ」と怖い顔をしてみたこともあった。

     一隊の兵を見送りて
     かなしかり
     何ぞ彼等のうれひ無げなる

【解釈】行進して行く兵士の一隊を見送って私はかなしかった。かれらの表情には何の愁いもなさそうに見えたから。

注解】かなしい心四態。

<ブログをお読みいただくに際してのお願い>

このブログの勘どころは【注解】にあります。いつも【注解】にご注目の上、次の2点を実行してください。

朝日文庫版のテキストに帰って啄木の編集・割付の巧緻を、さらに組版(字体を含む)の妙を味わってください。

【解釈】は【注解】の理解に必要最小限の内容です。【解釈】をほんとうに理解するためには右のマイリストから「石川啄木著『一握の砂』を読む」に行き、「『一握の砂』全歌評釈」の当該歌に当たってください。

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