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2011年7月 4日 (月)

「我を愛する歌」の研究 34

64―65ページ

     誰が見ても
     われをなつかしくなるごとき
     長き手紙を書きたき夕

【解釈】(わたしは大逆事件をめぐってほとんどすべての日本人とは逆の評価をしている。そのため孤独の底に沈んでいるような気もする。そこで)誰が読んでもわたしと親しくなりたいと思ってくれるような長い手紙を書きたいと夢想した。もしそんなことができるなら、たくさんの人とのつながりができで、この孤独から脱出できるのに。そんな気のする夕方だ。

     うすみどり
     飲めば身体が水のごと透きとほるてふ
     薬はなきか

【解釈】うすみどりで、それを飲むと身体が水のように透きとおるという薬はないものか。あればしばしの間透明人間を楽しめるのだが。

     いつも睨むラムプに飽きて
     三日ばかり
     蝋燭の火にしたしめるかな

【解釈】いつもは、仕事の手を休めてはランプを見つめものを考えるのだが、そのやり方に飽きが来て、3日間ほどは気持ちの落ちつく蝋燭の炎に親しんでいることだ。

     人間のつかはぬ言葉
     ひよつとして
     われのみ知れるごとく思ふ日

【解釈】人間の使わぬ言葉すなわち超人の言葉を、ひょっとして、私だけが(超人なので)知っているかのように思う日があったものだ。(その頃は自分もニーチェのいう超人を妄想していたので。)

注解】p.64-65の見開きは、孤独からの脱出願望→変身願望→気分転換の試み→超人の妄想、となる。「別の自分を求める心」とくくることができよう。

   <ブログをお読みいただくに際してのお願い>

このブログの勘どころは【注解】にあります。いつも【注解】にご注目の上、次の2点を実行してください。

朝日文庫版のテキストに帰って啄木の編集・割付の巧緻を、さらに組版(字体を含む)の妙を味わってください。

【解釈】は【注解】の理解に必要最小限の内容です。【解釈】をほんとうに理解するためには右のマイリストから「石川啄木著『一握の砂』を読む」に行き、「『一握の砂』全歌評釈」の当該歌に当たってください。

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