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2011年7月12日 (火)

「我を愛する歌」の研究 38

72―73ページ

     顔あかめ怒りしことが
     あくる日は
     さほどにもなきをさびしがるかな

【解釈】ある日妻に対して顔を赤くして怒ったのだが、あくる日になるとるとあの怒りの激しさは失われている。 前日のように妻に対し怒ったままで(すねて)いたいのに、これではなんだか物足りないことよ。

     いらだてる心よ汝はかなしかり
     いざいざ
     すこし呿呻などせむ

【解釈】(大逆事件について調べ、事件の被告たち〈とりわけ幸徳秋水〉を擁護し、事件の真犯人=強権と闘う道を追究してきたが、強権は余りに強く手も足も出ない。そしてこの3ヵ月来の緊張の結果わが心はすっかり苛立ってしまった。)いらだったわが心よ、3ヵ月もがんばったお前はいとしいよ。さあ、さあ、すこし欠伸でもしてやろう。(いらだちを癒やしておくれ。)

     女あり
     わがいひつけに背かじと心を砕く
     見ればかなしも

【解釈】ひとりの女がいる(それはわが妻だ)。妻がわたしの言いつけに背くまいといろいろに気を遣っているのを見ると、その健気さがいとおしくなることだ。

     ふがひなき
     わが日の本の女等を
     秋雨の夜にののしりしかな

【解釈】欧米の女性たちとくらべると政治意識・権利意識が無惨に低く、男どもの作った体制に唯々諾々と従う日本の女たち(わが妻も含む)を、秋雨の夜友人との談論でののしったことだった。

注解】p.72怒りと苛立ち。p.73日本の女。

   <ブログをお読みいただくに際してのお願い>

このブログの勘どころは【注解】にあります。いつも【注解】にご注目の上、次の2点を実行してください。

朝日文庫版のテキストに帰って啄木の編集・割付の巧緻を、さらに組版(字体を含む)の妙を味わってください。

【解釈】は【注解】の理解に必要最小限の内容です。【解釈】をほんとうに理解するためには右のマイリストから「石川啄木著『一握の砂』を読む」に行き、「『一握の砂』全歌評釈」の当該歌に当たってください。

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コメント

近藤先生
 ブログ再開されていたのですね。
思うように本を読む時間がとれない毎日で、まだ啄木の勉強もあまり進んでいません。
先生のブログを励みにまた少しずつ啄木の歌を読んでいきたいと思います。よろしくお願い致します。

なつかしきナキウサギ様、お帰りなさい。もうすぐ「我を愛する歌」の研究は終わりますが、その後もなんとか別の形でブログを続けようかな、と思っています。どうぞたまにご訪問下さい。そうそう今度眼の覚めるような啄木歌集を出そうと思っています。10月中旬の予定です。ちょっとご期待下さい。

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