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2011年7月

2011年7月30日 (土)

(定本悲しき玩具)一握の砂以後 解説 3

二、土岐のこの編集はもう一つの問題を孕んでいた。

ノート歌集「一握の砂以後(四十三年十一月末より)」の三行書きは『一握の砂』のそれを飛躍的に発展させている。句点・読点・ダッシュ・感嘆符等が多用されるのである。『一握の砂』ではこれらは一切無かった。

しかもノートの表記は大きく二つに分かれる。一一二首目まではすべて三行書きだが、行の頭はそろっている(これを第一次表記と呼ぶことにしよう)。

ところが一一三首目以降は三行中の一行または二行の頭を一字下げる表記に発展する(第二次表記)。この表記こそ啄木三行書き短歌の最高の発展形態である。末期の歌二首には当然第二次表記が用いられている。

しかし土岐がこれを冒頭に持って来たために、『悲しき玩具』は、第二次表記(二首)→第一次表記(一一二首)→第二次表記(八〇首)となっていしまい、整然と二分されるはずの表記が乱された。(もちろん啄木自身が編集できたのであれば、すべてを第二次表記に統一したであろう。)

2011年7月28日 (木)

(定本悲しき玩具)一握の砂以後 解説2

しかし、土岐の編集した『悲しき玩具』は刊行後百年、いくつかの重要な問題点を含み続けて今日に至っている。問題点は以下の五点である。

一、『悲しき玩具』冒頭の二首は、啄木末期近くの歌いわば「白鳥の歌」である。これを冒頭に編集した土岐哀果は軽率のそしりを免れない。

啄木はノート歌集「一握の砂以後(四十三年十一月末より)」において、見開きの左ページのみを用い、そこに歌を四首ずつ記載した。このことは右に述べたとおりである。大室精一はこの記載方式に第二歌集における、啄木の「四首単位」の編集意識を読み取った 。卓見である。

したがって第二歌集は、啄木が配列したとおりの四首単位で編集するのが、啄木死後における編集の基本方針であるべきでだった。『悲しき玩具』を上梓するに当たって東雲堂の西村陽吉か土岐哀果が『一握の砂』と同様の一ページ二首・見開き四首の編集を考えた。そしてそれを実行した。

惜しいかな、土岐が啄木末期の歌二首を冒頭に持って来たために、「四首単位」中の後半二首が次々と次ページにずれこんで行き、啄木の「四首単位」の編集という企図は最初から最後まで完全に壊れてしまった。

2011年7月26日 (火)

(定本悲しき玩具)一握の砂以後 解説

『悲しき玩具』の問題点と本書の意義 

すでに述べたように、啄木のノート「一握の砂以後四十三年十一月末より)」が、第二歌集『悲しき玩具』の底本である。

『悲しき玩具』の出版に至る生なましく悲しい事情は、本書末尾に付した土岐哀果の『悲しき玩具』編集後記に明らかである。

ところで、編集者土岐哀果が『悲しき玩具』の底本とした、ノート形式の歌集(以下ノート歌集と呼ぶ)「一握の砂以後(四十三年十一月末より)」は従来「歌稿(=短歌の下書き)ノート」と呼ばれてきた。

しかし下書きの歌(歌稿)を集めたノートではなく、手許の歌稿を推敲して一往の決定稿とし、見開き左側に四首ずつ編集したノート形式の歌集なのである。(ノートの見開き右側は全ページ空白で、後日の再編集のために設けたものと思われる。)

啄木はこのノートから歌を選んで雑誌に寄稿したりその際あらたに推敲した場合もあった。したがってこのノートは「歌稿ノート」的な機能も持ってはいた。

しかしノートの基本性格は、一往の編集を経ては記入されていったノート形式の歌集、という点にある。そしてこのノートにおける歌々の姿とその編集は啄木が死んだ時点で、決定的なものとなったのである。

2011年7月24日 (日)

(定本悲しき玩具)一握の砂以後 まえがき

「我を愛する歌」の研究 41(最終回)末尾に記したように、わたくしは現在『(定本悲しき玩具)一握の砂以後・(幻の啄木歌集)仕事の後』の『出版準備をしております。今年の10月半ば、桜出版から出る予定です。

来年は『悲しき玩具』刊行100年です。その記念出版です。

このブログでは、本書の前半部分『(定本悲しき玩具)一握の砂以後』の「まえがき」と「解説」を連載し、前景気をつけたいと思います。もちろんこれらの文章は下書きです。推敲も加えていません。

「(定本悲しき玩具)一握の砂以後」のまえがき

「一握の砂以後(四十三年十一月末より)」は従来「悲しき玩具」と題され刊行されきた歌集であるが、これはその決定的改訂版である。敢えて「定本悲しき玩具」とも銘打った。

『悲しき玩具』(東雲堂書店)が土岐哀果の編集によって出版されたのは1912年(明45)6月である。すでに啄木の死後2ヶ月以上を経ていた。

以後この『悲しき玩具』が底本となって数知れぬ「悲しき玩具」が刊行されてきた。しかしこの底本は多くの問題を孕んでいた。

どのような諸問題を抱えていたのか。『悲しき玩具』刊行百年の歳(2012年)を前に、本書がそれらをいかに解決したか。「解説」において詳述した。参照されたい。

2011年7月19日 (火)

「我を愛する歌」の研究 41(最終回)

78ページ

     やとばかり
     桂首相に手とられし夢みて覚めぬ
     秋の夜の二時

【解釈】いきなり強い力で強権政治の親玉・桂首相に腕をつかまれた。びっくりして目が覚めた。秋の夜の2時だった。(強権政治下にあって心の遣り場を歌作りに求めるわたしは、こんな夢を見て目を覚ますわたしでもあるのだ。)

注解】プロローグ「東海の小島」の歌は、巻頭に置かれたことで、もう一つの意味を持たされたのだった。「時代閉塞の現状にある日本の片隅で、なすところもないわたしは、短歌を作って玩具代わりにしているのだ」と言う意味である。これはエピローグである掲出歌の意味と美事に照応している。

「我を愛する歌」全151首を見開き毎に調べてきて、今や次のように確認できる。

ランダムな配列を特徴とすると思われたこの章のほとんどの見開きにまで、啄木は編集・割付の巧緻を張りめぐらせてあったのだ。

他の4つの章にはりめぐらした編集・割付の巧緻については、小著『『一握の砂』の研究』(おうふう)ですでに論じた。

しかし、昨年「我を愛する歌」全151首を評釈しはじめたことから、今回の結論が出たのであった。他の4つの章の各歌の評釈を始めたなら、どんなことが明らかになるのか、見当もつかない。まことに、啄木端倪すべからず。

このブログ、今後どうするか、今考えているところです。現在『(定本悲しき玩具)一握の砂以後+(復元幻の啄木歌集)仕事の後』の出版を準備中です。桜出版から10月半ばに出る予定です。そして今、この本の「まえがき」、2つの「凡例」、2つの「解説」、「あとがき」を書くのに苦労しています。この内の「解説」を先にこのブログに連載しようか、とも考えています。それはわたしの「悲しき玩具」論+「仕事の後」論となるはずです。数日の猶予をください。近藤

2011年7月16日 (土)

「我を愛する歌」の研究 40

76―77ページ

     はても見えぬ
     真直ぐの街をあゆむごとき
     こころを今日は持ちえたるかな

【解釈】(いよいよわが第一歌集『一握の砂』の完成も間近だ。歌の1首1首のでき、新しさ、三行書きの意義、編集・割付における仕掛け等々、これは空前絶後の歌集になるだろう。そう考えると時代閉塞の現状下に鬱屈しがちな自分も)今日という日は、はても見えぬ真っ直ぐな市街を一歩一歩あゆんで行くような心を持ち得たことだよ。

     何事も思ふことなく
     いそがしく
     暮らせし一日を忘れじと思ふ

【解釈】(閉塞状況に息が詰まる日本の日常だけれど)『一握の砂』を創り出す、これ以外のことは何にも思わず、ただひたすら忙しくその仕事に集中したこの一日があったことを、忘れまいと思う。

     何事も金金とわらひ
     すこし経て
     またも俄かに不平つのり来

【解釈】「世の中のことは何事も金だ、金」と不平を鳴らして笑ってみたものの、笑って済ますには現実はあまりにむごい。少し考えているとまたしても、私に二重生活を強いる現実への不平がつのって来ることだ。

     誰そ我に
     ピストルにても撃てよかし
     伊藤のごとく死にて見せなむ

【解釈】(「何事も金金」の不平ではないけれど、わたしは近頃かなりの「危険思想」の持ち主になって来た。この調子で進んで行くと将来国事に奔走するようになるかも知れない。そして誰かに狙われるかも知れない、あの伊藤公のように。こんなことに空想が及んでふと思った。)だれかわたしにピストルか銃を向けて撃ってみろよ。そのときはきっと伊藤のように美事に死んで見せよう(と)。

注解】p.76の2首は「ある日の壮快な心」。p.77右は「不平」をうたい→危険思想→伊藤暗殺という連想の下、左の伊藤博文歌を登場させる。この歌はエピローグ「桂首相」の歌を導き出すための仕掛けとなる。

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このブログの勘どころは【注解】にあります。いつも【注解】にご注目の上、次の2点を実行してください。

朝日文庫版のテキストに帰って啄木の編集・割付の巧緻を、さらに組版(字体を含む)の妙を味わってください。

【解釈】は【注解】の理解に必要最小限の内容です。【解釈】をほんとうに理解するためには右のマイリストから「石川啄木著『一握の砂』を読む」に行き、「『一握の砂』全歌評釈」の当該歌に当たってください。

2011年7月14日 (木)

「我を愛する歌」の研究 39

74―75ページ

     男とうまれ男と交り
     負けてをり
     かるがゆゑにや秋が身に沁む

【解釈】男としてこの世に生を受け、作家を志し、作家たちの中に入って行って抜きん出たいと思ったのだが、未だに会心作はできず、この度は最も自信をもって執筆した「我等の一団と彼」も失敗した。また負けた。作家としての自分の後れははなはだしい。そのせいだろうか、この秋の気配が身に沁みる。

     わが抱く思想はすべて
     金なきに因するごとし
     秋の風吹く

【解釈】私が抱く日本の社会制度、経済制度、政治制度等に関するもろもろの見解はすべて金のないことに原因するようだ。(家の内は相変わらずの貧乏。戸外には私に多くのことを考えさせる明治43年の)秋の風が吹いている。

     くだらない小説を書きてよろこべる
     男憐れなり
     初秋の風

【解釈】大逆事件・韓国併合という歴史的事件の渦中で「時代閉塞の現状」を書き上げたばかりの私の目から見ると、書きかけの「我等の一団と彼」はくだらない小説だ。こんなものを書いてよろこんでいる私はみじめというほかない。みじめさを際立たせるかのように、快い初秋の風が吹いている。

     秋の風
     今日よりは彼のふやけたる男に
     口を利かじと思ふ

【解釈】爽やかな秋の風によって心が新たになったぼくは、これを機に青年歌人を称するだらけてしまりのない近藤元のような輩とは縁を切ろうと思う。

注解】4首共通の主題、明治四十三年秋のわが心。

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2011年7月12日 (火)

「我を愛する歌」の研究 38

72―73ページ

     顔あかめ怒りしことが
     あくる日は
     さほどにもなきをさびしがるかな

【解釈】ある日妻に対して顔を赤くして怒ったのだが、あくる日になるとるとあの怒りの激しさは失われている。 前日のように妻に対し怒ったままで(すねて)いたいのに、これではなんだか物足りないことよ。

     いらだてる心よ汝はかなしかり
     いざいざ
     すこし呿呻などせむ

【解釈】(大逆事件について調べ、事件の被告たち〈とりわけ幸徳秋水〉を擁護し、事件の真犯人=強権と闘う道を追究してきたが、強権は余りに強く手も足も出ない。そしてこの3ヵ月来の緊張の結果わが心はすっかり苛立ってしまった。)いらだったわが心よ、3ヵ月もがんばったお前はいとしいよ。さあ、さあ、すこし欠伸でもしてやろう。(いらだちを癒やしておくれ。)

     女あり
     わがいひつけに背かじと心を砕く
     見ればかなしも

【解釈】ひとりの女がいる(それはわが妻だ)。妻がわたしの言いつけに背くまいといろいろに気を遣っているのを見ると、その健気さがいとおしくなることだ。

     ふがひなき
     わが日の本の女等を
     秋雨の夜にののしりしかな

【解釈】欧米の女性たちとくらべると政治意識・権利意識が無惨に低く、男どもの作った体制に唯々諾々と従う日本の女たち(わが妻も含む)を、秋雨の夜友人との談論でののしったことだった。

注解】p.72怒りと苛立ち。p.73日本の女。

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2011年7月10日 (日)

「我を愛する歌」の研究 37

70―71ページ

     叱られて
     わつと泣き出す子供心
     その心にもなりてみたきかな

【解釈】叱られてわっと泣き出す京子(満3歳と9ヵ月)の、周囲への顧慮など一切ない率直な心。そんな心持ちで、今思っていることを率直に表現したいものだ。

     盗むてふことさへ悪しと思ひえぬ
     心はかなし
     かくれ家もなし

【解釈】盗みということさえ悪いと思えない心は痛ましい。窮乏のためそこまで追いつめられた心にはもうほかに行き場はないのだから。(盗人ならば隠れ家に逃げ込めもしようが。)

     放たれし女のごときかなしみを
     よわき男の
     感ずる日なり

【解釈】既成の境遇の中で自由に目ざめた女の意識が、あてどのないまま孤独感にさらされているようなかなしみを、一人時代の最先端に立ちながら時代閉塞の現状に指一本させぬ自分もまた感じる日である。

     庭石に
     はたと時計をなげうてる
     昔のわれの怒りいとしも

【解釈】(韓国併合・時代閉塞の現状に対して何ら有効な行動に出られないで怒りが鬱積する自分を思うと)行動へ何のためらいもなく突き進み、庭石にバシッと時計をたたきつけた昔の自分の怒りがかわいいことよ。

注解】4首共通の主題、鬱屈する心。

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2011年7月 8日 (金)

「我を愛する歌」の研究 36

68―69ページ

     夜明けまであそびてくらす場所が欲し
     家をおもへば
     こころ冷たし

【解釈】(母と妻の確執はもう手に負えない。)家に帰らずに夜明けまで遊んで暮らす場所が欲しい。家に帰ることを考えると、心が冷たくなる。

     人みなが家を持つてふかなしみよ
     墓に入るごとく
     かへりて眠る

【解釈】人がみな家庭を持つという制度から生ずるこの悲しみよ。家に帰りたくない。せめて「夜明けまであそびてくらす場所」にゆく金があれば帰らないこともできる。しかし金がないから帰るしかない。思うだけで心が冷たくなる家に、墓に入るような気持ちで帰って、蒲団に潜り込むのだ。

     何かひとつ不思議を示し
     人みなのおどろくひまに
     消えむと思ふ

【解釈】なんでもいい何か1つ不思議なことを人々に見せて、その場にいるみんなが驚きさわいでいる隙に、姿を消してみたいもんだ。ぼくが消えたので人々は2度驚くだろう。姿を消したぼくはその騒ぎを見て楽しんだりして。(やれやれ、現実のぼくはいつもと同じ人間関係をのがれられないよ。)

     人といふ人のこころに
     一人づつ囚人がゐて
     うめくかなしさ

【解釈】なんでもいい何か1つ不思議なことを人々に見せて、その場にいるみんなが驚きさわいでいる隙に、姿を消してみたいもんだ。ぼくが消えたので人々は2度驚くだろう。姿を消したぼくはその騒ぎを見て楽しんだりして。(やれやれ、現実のぼくはいつもと同じ人間関係をのがれられないよ。)

注解】最初の2首は、居どころの無さをうたい、3首目は例の起承転結の「転」に相当する歌で日常の居どころからの脱出願望、4首目は利己の心の居どころの無さをうたう。

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2011年7月 6日 (水)

「我を愛する歌」の研究 35

66―67ページ

      あたらしき心もとめて
     名も知らぬ
     街など今日もさまよひて来ぬ

【解釈】(政府の無体な弾圧が招いた文学界・思想界の異様な沈滞情況。わたしも言葉を奪われ心がしなびてしまいそうだ。家にいるのも息苦しい。わが心を蘇らせてくれるところはないか。こうして)心の新生をもとめ、名も知らぬ街を今日もさまよった来た。

     友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
     花を買ひ来て
     妻としたしむ

【解釈】(ひどく落ち込んでいるので)普通に生活している友がみなかえって立派に見える日よ。(そういう日は友とは過ごしたくない。)花を買い求めて家に帰り、妻と花を愛でて睦まじく過ごすのだ。

     何すれば
     此処に我ありや
     時にかく打驚きて室を眺むる

【解釈】(クロポトキンを読んで革命の日をまじまじと空想してしまい、急に空想から現実に戻った時など自分の今いるところが分からなくて)え、どうしてここに自分がいるんだ? と時にはびっくりしてぼくは自分の部屋を眺めるのだ。

     人ありて電車のなかに唾を吐く
     それにも
     心いたまむとしき

【解釈】人がいて、その人が電車の中に唾を吐く。(そんな市井の瑣事にも日本人の根本的運命が見える気がして)心が痛みそうになったのだった。

注解】p.66の2首は「違う環境に救いを求める心」、p.67の2首は「今の環境への違和感」をうたう。見開きとしては「環境に動く心」

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2011年7月 4日 (月)

「我を愛する歌」の研究 34

64―65ページ

     誰が見ても
     われをなつかしくなるごとき
     長き手紙を書きたき夕

【解釈】(わたしは大逆事件をめぐってほとんどすべての日本人とは逆の評価をしている。そのため孤独の底に沈んでいるような気もする。そこで)誰が読んでもわたしと親しくなりたいと思ってくれるような長い手紙を書きたいと夢想した。もしそんなことができるなら、たくさんの人とのつながりができで、この孤独から脱出できるのに。そんな気のする夕方だ。

     うすみどり
     飲めば身体が水のごと透きとほるてふ
     薬はなきか

【解釈】うすみどりで、それを飲むと身体が水のように透きとおるという薬はないものか。あればしばしの間透明人間を楽しめるのだが。

     いつも睨むラムプに飽きて
     三日ばかり
     蝋燭の火にしたしめるかな

【解釈】いつもは、仕事の手を休めてはランプを見つめものを考えるのだが、そのやり方に飽きが来て、3日間ほどは気持ちの落ちつく蝋燭の炎に親しんでいることだ。

     人間のつかはぬ言葉
     ひよつとして
     われのみ知れるごとく思ふ日

【解釈】人間の使わぬ言葉すなわち超人の言葉を、ひょっとして、私だけが(超人なので)知っているかのように思う日があったものだ。(その頃は自分もニーチェのいう超人を妄想していたので。)

注解】p.64-65の見開きは、孤独からの脱出願望→変身願望→気分転換の試み→超人の妄想、となる。「別の自分を求める心」とくくることができよう。

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2011年7月 2日 (土)

「我を愛する歌」の研究 33

62―63ページ

     ある日のこと
     室の障子をはりかへぬ
     その日はそれにて心なごみき

【解釈】屈託したある日のこと、思い立って部屋の障子を張り替えた。その日はそのおかげで屈託が晴れた。

     かうしては居られずと思ひ
     立ちにしが
     戸外に馬の嘶きしまで

【解釈】空想に耽っていると突然すごい物音がした。大変だ!と思って立ち上がったのだが、表で馬が嘶いたにすぎなかった。

     気ぬけして廊下に立ちぬ
     あららかに扉を推せしに
     すぐ開きしかば

【解釈】気抜けして病院の廊下に立ってしまった。このドアは固いと思い込んで、体重をかけて荒っぽく推したところ、すっと開いてしまったので。

     ぢつとして
     黒はた赤のインク吸ひ
     堅くかわける海綿を見る

【解釈】(このところ小説「我等の一団と彼」の執筆と秋水著の読書に熱中して、この海綿を使うこともなかった。)じっとして、黒と赤のインクを吸い込んでやがてすっかり乾いてしまった海綿を、一連の嵐のような日々を思いながら見ることだ。

注解】4首共通の主題、ある行為の中に映る心の小さなドラマ。

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