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2011年8月14日 (日)

(定本悲しき玩具)一握の砂以後 解説 11

 さうしてゐる間(うち)に、何時しか風邪が抜けかけて来た。

 或朝私は咳も洟も少くなつてゐるのを不思議に思つた。……「よしよし、今夜はうんと書いてやるぞ。」そんな風に思つて定めの時間に家を出た。

 夕方に帰って来ると、咳はもう忘れたやうに出なくなつてゐた。が、頭だけは矢つ張り可(い)けなかつた。重いばかりでなく、少し疼(うづ)くやうでもあつた。

 耳の熱(ほて)つてゐるので上気してゐた事が解つた。出窓に出て冷たい風に当つてみたが、耳が冷えると共に却つて疼き方が強くなつた。

 「あゝ今夜も駄目だ。」私は机の上の書きさしの原稿を横目に見やりながら、火鉢に手を翳(かざ)して凝然(ぢつ)としてゐた。

 其処へ一人の友人が訪ねて来た。高商の専攻科で経済学の研究をしてゐる人で、私とは北海道の旅の間に相知つた。

 私は「やあ」と言つて迎へた。さうして自然のその声の、恰度(ちやうど)腹に一物((いちぶつ)もなく飢ゑた時に出るやうな力ない声であつた事に気が付いた。……

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