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2011年8月16日 (火)

(定本悲しき玩具)一握の砂以後 解説 12

1910年(明43)の10月と11月、啄木は『一握の砂』創造のために壮絶な仕事をした。

出版した12月も、10日か15日ころまではその精気を持続したが、とうとう精根尽きたらしい。

北海道では、激流をものともせずに全力を尽くして遡上し、上流で産卵を終えるやウロコは剥がれ、身は脂肪を失い、ぼろぼろになって流れに身を任せて下って行く鮭を「ほっちゃれ」という。この頃の啄木は「ほっちゃれ」のようだ。

超人的な仕事で弱り切った啄木の体内では、今結核菌が猛威を振るっていると推定される。    

  ぢりぢりと、
  蠟燭の燃えつくるごとく、
  夜となりたる大晦日かな。     43

この歌とその次の「青塗りの瀬戸の火鉢によりかかり 44」の2首は、先にこの大晦日に作ったと推定しておいたが、明けて44年1月に作ったのかも知れない

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