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2011年8月20日 (土)

(定本悲しき玩具)一握の砂以後 解説 14

1月8日東京朝日新聞に「このごろ」8首が載る。

「手を打ちて」(49)~「ひと晩に咲かせてみむと、」(66)は1月17日に作られた。

うち16首に前作4首を合わせ20首を「創作」に送稿。

1月13日土岐哀果と初対面、自宅に伴って歓談。文芸思想雑誌「樹木と果実」発刊を相談。

大逆事件の影響の表れた歌(55、56)、議会を批判した歌(65)など思想家啄木の表出した作品が含まれている。

1月18日幸徳事件の被告たちに対し残忍苛酷な判決が下る。

「あやまちて茶碗をこはし、」(67)~「『石川はふびんな奴だ。』」(85)は1月22日~2月3日の間に作られた。

「樹木と果実」発刊に向けて土岐・丸谷喜市・並木武雄らとの相談活発。

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