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2011年8月26日 (金)

(定本悲しき玩具)一握の砂以後 解説 17

2月17日、当時大逆事件の余波で国会は南北朝正閏問題で紛糾していたが、政府攻撃するはずの藤沢元造代議士が桂太郎に籠絡されて、行方をくらました。啄木は藤沢に同情し、事件に憤慨する。

ここもすべて入院中の作歌で、「創作」に送られた。病気は小康状態にある。

「ぢつとして寝ていらつしやいと」(113)~「氷嚢のとけて温めば、」(128)は2月20日~3月18日の間の作。

病院ではドイツ語の勉強を再開したり、P.クロポトキンの『一革命家の手記』(英書)を読みはじめたり、歌を作ったり、見舞いの友人と議論したり、朝日歌壇の仕事をしたり、と活動的だが、2月25日夜発熱。

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